映画化に向けて
山田 当初、『キネマの神様』を映画にするのはかなり難しいぞとは思いました。物語の軸となる、お父さんと映画批評家のやり取りは、いわばインターネット上の手紙です。だから、映像的には難しいというのが最初の印象でした。世界的に高名なアメリカの批評家と無名な日本の一ファンとの交流というポイントが、映画じゃ無理だと思いだしたんです。
原田 それだけ考えたら実際に映画化となったのは奇跡ですね。
山田 もちろんお会いして、原作者自身が本当に映画にしたいと思ってらっしゃるということを聞いたことは一つのきっかけにはなりましたけどね。
原田 私が「ぜひお忘れなきようにお願いします」という手紙も書きまして。
山田 目標として、遠い射程に映画化を置いてあるけれども、なかなか難しいなと最初は思ってました。さっき言ったように、手紙の部分。それから、このお父さんにおけるドラマ。主人公の基本的な葛藤がなかなかうまく定められなくて。家族にいろんな葛藤があり、父親ゆえの葛藤はいっぱい起きてくるんだけど、この父親自身の持っている基本的な葛藤、彼はどんなドラマを抱えているのかなと考えていたわけです。
原田 そうやって、真剣に監督が考え始めてくださってからどうなるかというところも、間があったんです。私としては「これがうまくいきますように」と祈るほかなかったんですけど、プロデューサーさんから、「シノプシスを考えるうえで合宿をするので、参加されませんか?」と言われて、「山田組のシノプシスづくりに私が参加!?」と、それだけでも驚愕しました。
山田 二〇一九年のお正月に箱根に行きましたね。
原田 チームでシノプシス合宿とか脚本合宿というのは超あこがれの映画人のライフスタイルなんです。映画の世界でしか見たことないようなことを本当にしてらっしゃるんだと思って。そこに呼んでいただいて、喜び勇んで伺ったら、そのシノプシスづくりのミーティングというのがすごかった。監督が、「なんであなたのお父さんとあなたのお母さんは離婚しなかったんだ」って、その一点張りなんですよ(笑)。それで、私が知っていた父の姿というのは全部お話ししました。本当に誰にも、親友や夫にすら話してないようなことも全部赤裸々に話して。監督が非常に聞き上手というか、引き出し上手なんです。その結論で、「そんなとんでもないお父さんの何が魅力だったんだ」と言われて。
山田 そこがいちばん知りたかったんです。
原田 それこそ映画の中でゴウの妻の淑子が言っていたように、「この人が明日からひとりっきりで、しょんぼり生きていくのかって思うと、何だかかわいそうでね……」と、よく母が言っていたのに集約されているような気がしたんです。お酒は飲まなかったですけど、ギャンブル依存症で、風来坊で、家族に迷惑をかけるって、それだけ言うとあまりいいところはないけど、すごく引いて本質的なところを見てみると、いい人なんです。やっぱり魅力を持った人というのは、監督から引き出していただいた部分です。
山田 写真を見せていただいたのが決定的でした。あれでいろんなことが分かりました。
原田 八十二歳ぐらいの時の写真ですね。
山田 まず、すごくいい男でしたね。禿げ頭で、いい歳なんだけども、いい男であると同時に、とっても優しそうな。この人は女性にモテるだろうなというのは分かったね。あの写真は本当に印象的ですよね。艶っぽい。若い娘だってコロッとしちゃう。
原田 いやいや、そこまでではないです。監督にはかなわないです(笑)。でも、そのシノプシス合宿の時は、父が亡くなって二年というタイミングで、父と向かい合わせてもらったという気持ちもありました。監督の作品ということに関して言うと、山田洋次という人がどう映画と向き合って、映画を作り続けてきたのかという、普通の人だったら知ることができない秘密の一端を見せていただいた気がしたんですね。すごく感動的でした。話すことは全部話したから、一回お任せできると思ったので、「もうどんなふうにでも構いませんので、どうぞ監督の思う存分、お好きなように書いてください」ということでお願いだけ申し上げて、失礼したんです。不思議な、竜宮城のような、異世界に行って帰ってきた感じがしました。
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