コロナ後の映画界
原田 その時、私はダ・ヴィンチ没後五百年展を見るためにパリにいたんですけど、私の帰りのフライトもキャンセルになっちゃったし、パリの街中から人影が全部消えました。夜八時になると、みんな窓辺に寄って、医療従事者に向けて感謝の拍手というのをやっていたり。それに私は一人ぼっちで窓辺で参加して、「何なんだろう、これ」って。このまま世界も、この映画もどうなるか分からないと思いながら、帰ってきたのが四月二日だったんです。帰りのフライトは、ほとんど帰国する日本人ばっかりで。何をしたら感染するのかみんな分からないから怖いんですよね。それで、しゃべっているのは子どもだけで、みんなシーンとしていて。食事も出ないんですよ。
山田 お弁当も何も出ないの?
原田 はい。サービスする時に接触すると、キャビンアテンダントが危険だから、サービスも一切しませんと。この文化も芸術も全部沈黙する世界の中に私は帰っていくのかと思いました。その中で、私が何に心慰められたかというと、機内の映画で山田監督の『東京家族』を見たんです。映画館でも見たのを、もう一回見たら、涙が止まらなくって。帰国して、すぐ監督にお手紙を書かなきゃと、長い手紙を手書きでお送りしました。何があっても乗り越えていっていただきたいということを、人生の大先輩に宛てて書かせていただいて。
山田 それでお電話を差し上げましたね。
原田 はい。「僕は毎日毎日、コロナの後にこの世界の映画というのはどうなるか、そんなことばっかり考えているんですよ」とおっしゃったんです。その時に、もう大丈夫だと思って。監督はコロナの後のことをもう考えてらっしゃると。これは永遠に続かない、必ずいつかは終息するから、その未来に向かって行けばいいんだなと、すごく元気づけられたんです。その後ビックリしたのは、志村さんの死や撮影休止など、あり得ないことが重ねて起こる中で、その間に監督は何をなさっていたかというと、脚本を書き直してらっしゃった。
山田 そうでしたね。
原田 それが見事にコロナのことを取り入れた脚本になって。私が最初に読ませていただいたものとは変わっていた。
山田 最後の現代パートではみんなマスクをしているんです。
原田 もし百年後の人が見たら「こんなことあったの?」という映画になっているんですよね。だから、まさしく世紀の映像ですよ。
山田 コロナ後の映画界がどうなっていくのかは、僕たちの今一番大きな関心事です。下手すれば映画は配信で観るものになるでしょう。でも、やっぱり映画館で観るという人と、はっきり分かれて、別の行為として、絶対残るんだとは思いますけどね。
原田 確かに。配信でサブスクリプションという、一定のお金を払ったら見たい放題みたいなものがありますよね。それはすごく便利だし、チョイスも広がって、いい部分もありますが。
山田 途中で止めることもできるしね。
原田 例えば冒頭を見ただけで「あ、もういいや」といってパスすることもできる。若い人たちが辛抱できなくなっちゃってるみたいです。だけど、最後まで見ないと分からない映画って絶対あるじゃないですか。映画は時間芸術だから、映画館に行って、全然知らない人同士が同じ空間で二時間一緒に過ごすという、非常に特異な体験なんですよね。その体験込みでの映画というものを見てもらいたい。原作の『キネマの神様』でも書きましたが、この世界に映画がある限り、映画館は絶対なくならないはずだから、そういう体験を誰かと共有したいと思う人は絶対いるはずなんですよね。
山田 それは演劇的な体験とかなり共通します。要するに劇場という場だ。
原田 劇場という空間で二時間、お金を払って見るという行為は、作品に対してのリスペクトです。とにかく最後まで見なきゃいけない。いろんな苦労を乗り越えて作って、皆さんに対してプレゼンテーションしているというものを受け止めるということですよね。それは本も一緒で。やっぱり一度開いたら最後まで読んでもらいたい。
山田 特に喜劇は映画館じゃなきゃダメですよ。笑い声を聞かないと。作り手だって映画館で初めて自分の映画がテストされているようなものなんです。みんながワーッと笑わなきゃ絶対ダメなんですからね。
原田 盛り上がりますもんね。
山田 つまり、観客の笑いが〇印なんです。喜劇は観客が笑わなきゃ落第です。笑うために作っているから。喜劇というのはとっても厳しい。でも、それは劇場でないと分からない。
原田 確かに笑い声は大事ですよね。要素として。私も初めて『男はつらいよ』を見た時に、子どもなのに爆笑したんです。周りの大人がドッと笑うから、一緒に笑って。
山田 みんなが笑うから自分も楽しくなるというね。
原田 この前、また「寅さんチャンネル」で最初の『男はつらいよ』を見た時に、やっぱり一人で爆笑しました。
山田 今回、僕の映画を元に原田さんが、『キネマの神様 ディレクターズ・カット』を書いてくださったことにとてもビックリしました。映画のノベライズというのはよくあるけど、もともと原作があるわけで、「そんなのってありなのか」と思って読んだらとても面白い。またビックリして。ほとんど僕の映画のストーリーを追ってくださっているんだけれども、やっぱり小説で読むと違うんですね。映画と違うイメージが浮かんでくるんですよね。それと同時に、セリフなんかも直したり足したりなんかして、それがとてもうまいんですよ。ちくしょうめ、と思ってね(笑)。
原田 いやー、言わせちゃったな(笑)。
山田 「なんだ、あのシーン、このセリフを使えばよかったのに」と思って。とても興奮しましたね。だから、読者には原作もディレクターズ・カットもぜひ両方を読んでいただきたい。
原田 それで最後に映画館で映画も見てもらうというのが私としてはおすすめですね。
(この対談は3月29日に行われました)
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公式サイト https://movies.shochiku.co.jp/kinema-kamisama/
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