本の話

読者と作家を結ぶリボンのようなウェブメディア

キーワードで探す 閉じる
映画化記念対談 山田洋次×原田マハ『キネマの神様』がくれた奇跡

映画化記念対談 山田洋次×原田マハ『キネマの神様』がくれた奇跡

山田 洋次 ,原田 マハ

出典 : #オール讀物
ジャンル : #小説

映画の黄金期からコロナ禍の現代までを描く『キネマの神様』。

監督と原作者が映画への愛を語り合う。

写真◎鈴木七絵

 原田 山田監督と最初にお会いしたのは、私の一方的なラブコールでしたね。子供の頃からずっと「寅さん」の大ファンだったので、どうしてもお目にかかりたくて。『芸術新潮』の対談でお声がけをさせていただきました。

 山田 柴又でお会いしたんでしたっけ。

 原田 わざわざ対談の場所を柴又にセッティングしていただき、帝釈天でお目にかかりました。私は、ちょっと寅さんを意識して帽子をかぶって(笑)。

 山田 そうそう。寅さん風デザインのスーツも着ていらっしゃいましたね。

 原田 柴又に行く道々に、心の中で「今日、監督にお目にかかったら、絶対私は最後にこのことを言おう」と決心していたことがありました。そして、「『キネマの神様』を映画化しませんか?」と思い切って申し上げましたね。

 山田 それはいつでしたか?

 原田 二〇一八年の四月です。対談の最後に、「実は私、『キネマの神様』という映画をテーマにした小説を書いておりまして」とそこまで言ったら、「読みました」とおっしゃって。それで、「もし僕がこの小説を映画に撮るんだったらこういうエンディングにしたいんだ」と突然おっしゃったんです。

主人公のゴウを沢田研二、若き日のゴウを菅田将暉が演じる Ⓒ2021「キネマの神様」製作委員会
 

 山田 『キネマの神様』を読んで感じたのは、やっぱり主人公のゴウのモデルになった原田さんのお父さんという人間の存在感ですね。ドシッと巨木のように描かれているのは圧倒的でしたね。こんな人間がいるんだなという。そういう人間を描くのが文学だろうし、また、僕たちの映画だってそうなんです。

 原田 ありがとうございます。私にとっては『キネマの神様』は特別なんです。作家になる前から、書きたい話がいくつかありました。ひとつは『楽園のカンヴァス』のようなアートをテーマにした小説でしたが、それ以外でヒューマンドラマを書いていく時に、何としても父のことを書きたいというのがありましたね。

 山田 モデルのお父様の人間的な魅力、面白さ、おかしさ、憎たらしさというかね。

 原田 二〇〇七年に『キネマの神様』を書いたとき、父はまだ存命でしたが、いつも憎たらしいのと切ない気持ちが胸の中では複雑な感じでずっとあって。この人のことは小説にして残しておかなくちゃいけないなと思ったんです。

 山田 普通の男がとらわれているさまざまな欲望、金銭欲、名誉欲、権力の欲とか、その手のものが一切あのお父様にはない。欠落しているというかね。

 原田 まさに。いい意味で欠落していた人なのかなと思います。

 山田 ある意味憧れでもあるんです。僕らは名誉欲、金銭欲にとらわれて生きてますから(笑)。

 原田 でも、やっぱりどことなく風来坊的なというか、寅さんに似ているところはあったんですよね。

 山田 寅さんもまさしくそうですよ。通俗的な欲望が欠落している。

 原田 父は、結構破天荒で、自分の好きなように生きているんだけど、人情深くて、一肌脱ぐタイプの人でした。

 山田 粋に感じますよ。だから、本当に優しい人だったんじゃないかな。ということは、相当女性にモテたんじゃないかなと(笑)。

 原田 そのとおりなんですよ。結構女性にモテて、いい人ができて出奔したこともありました。ただ、父を失ってから自分で気がついたのは、人生で大事なことは全部父に教えてもらったということです。それは、自分の好きなものをちゃんと好きだと言うこと。で、それに向かってとにかく自分でできる限りのことをすること。それで、自分が好きだという気持ちを伸ばすことというのは、全部父が教えてくれた気がして。彼はまさしくそういう生き方をしましたから。

 山田 それは大事なことですね。

 原田 うちはそんなに経済的に裕福な家ではなかったんですが、どんなにお金がなくても父は、兄と私に、三つのものを必ず与えてくれたんです。一つが本。これは、子どもが欲しいと言ったら、それは漫画でも絵本でも大人の本でも何でも与えてくれた。二つ目が展覧会。私がアートを描くのも見るのも好きだと知っていたから、展覧会に誘ってくれたり、大原美術館にも連れて行ってくれました。三つ目が映画です。

 山田 本はいくらでも買って与えたとか、美術館や映画館に連れて行ったとか、それは普通の親じゃなかなかやらないことですよ。

 原田 そうですね(笑)。小学二年生のときに、父が映画館に、「面白い映画がある」と言って連れて行ってくれたんです。私は東映まんがまつりだと思っていたんですが、それなのに、腹巻したおじさんが出てきて、「何このおじさん」と半泣きになりました。そうしたら、父が「黙って見てろ。最後まで見たら、お前は絶対このおじさんが好きになるから」と言って、最後まで見たら、本当に大好きになっちゃった。観客のおじさんたちが「よっ、寅さん!」と言って拍手したり声をかけたり、やんややんやの大騒ぎで。あまりの感動に、帰りに「パパ、売店で寅さんのポスター買って」と、ポスター買ってもらって。それで、子ども部屋に寅さんのポスターを貼って、小学校卒業するまでずっとそのままでした。

 山田 素晴らしい。変わった子ですね。お父さんも変わってるけど(笑)。

 原田 変わってますよね、本当に(笑)。

文春文庫
キネマの神様
原田マハ

定価:748円(税込)発売日:2011年05月10日

単行本
キネマの神様 ディレクターズ・カット
原田マハ

定価:1,760円(税込)発売日:2021年03月24日

ページの先頭へ戻る