『牧水の恋』の大きな特色と意義は、牧水の短歌を初出誌で年代を追って確かな鑑賞と批評で読みこんでいることである。それらの短歌の多くは後に歌集に収められたが、歌集では必ずしも年代順でなく、編集上の都合で虚構を取り入れた創作もおこなっているので、実際の恋の姿を知るにはやはり初出誌が貴重である。『別離』の「自序」で牧水は「歌の掲載の順序は歌の出来た時の順序に従うた」と書いている。しかし、それが嘘であることは今日明らかである。歌集を完成するための文学上の嘘である。その意味では、牧水は実際上の恋と、文学上の恋と、二つの恋を経験したことになる。俵万智は二つの恋のあいだをあざやかなステップで行き来している。
周知のように、俵万智は『サラダ記念日』『チョコレート革命』(いずれも河出文庫)で知られる恋愛の歌の名手である。さらに近現代の恋歌を鑑賞した『あなたと読む恋の歌百首』(文春文庫)という魅力的なエッセイ集もある。そんな彼女が本書では牧水の恋歌を深層まで入りこんで見事に読み解いている。散見する歌の鑑賞の本などで表面の字面を説明しただけのものがあるが、俵の読みは深く鋭い。また引用した作品にはかならず見解をつけてくれているのも読者にはありがたい。そして、これまで牧水の恋の歌はもっぱら牧水側からの読みが一般的であったのに対し、俵は牧水作品に小枝子の心を読みとり、小枝子側からの恋愛模様を描いているのも新鮮で重要である。
俵万智は牧水の恋愛に関して新資料を発見したわけではない。しかし、牧水の初出誌作品の徹底した調査と鋭く豊かな読みに加えて、たくさんの書簡や友人などの証言も活用して、牧水の恋をよみがえらせた。第一章から読み進むにしたがって読者はスリリングな展開に息を呑むはずである。
二
スリリングな展開も楽しみに本書を読む人には、以下に私が記す各章の内容の簡単な紹介と俵万智の読みのポイントはネタバレになるところがあるかも知れない。本文を読んだ後で味わうデザートとしてお読みいただければ幸いである。
第一章は「幾山河越え去り行かば」である。牧水と小枝子は明治三十九年の夏に神戸で初めて逢った。牧水が早稲田の三年生のときである。そして、通説では翌年の春に小枝子が上京して二人の交際が始まったことになっている。では、その恋は上京後に急に始まったのか。俵はそうではないと言い、前年の夏以降に交際は早くも始まっていたと主張する。その根拠になっているのは、明治三十九年後半から翌年にかけての牧水の短歌と書簡である。俵以外に通説に反した主張をした人がこれまで一人だけある。牧水の長女石井みさきである。その著『父・若山牧水』(五月書房)で、「私の想像」だと言いながら、明治三十九年夏以降に牧水と小枝子とのあいだに「何らかの接触(来訪、手紙)」などがあったのかもしれないと書いている。俵は説得力をもってそのことを証拠立てている。
牧水が小枝子をはっきり歌ったとわかっている作品は、「新声」明治四十年六月号の三十二首中にある。武蔵野の逢い引きを歌っており、俵万智が具体的に読み解いている。そして、牧水は小枝子の面影を胸に帰省を兼ねた旅に出て「幾山河」ほかの歌を詠んだ。
第二章は「白鳥は哀しからずや」。明治四十年後半の東京での二人の関係を追っている。三か月ほどのあいだに牧水は百首以上の作品を発表している。歌わずにいられなかったのだ。そのなかで俵万智は「夜のうた」十五首の連作をとりあげている。この一連で牧水は小枝子と「そひね」したことを歌っている。若い男女が同衾して性的な関係をもたなかったという不思議といえば不思議な一連で、牧水は彼女に対する一方的な行為を抑えている。後の牧水はともかくとしてこの時期の牧水はピューリタン的だったという友人の証言もある。しかし、俵は小枝子の「作戦」勝ちだったと言う。「夜のうた」に小枝子の寝ている姿ばかりが詠まれていることに注目して、「眠っている人には、手を出しにくい」ということをふまえた小枝子の「作戦」「巧妙な防衛策」だったと述べているのが面白い。では、牧水に好意をいだいていたはずの彼女はなぜ身を許さなかったか。じつは彼女には夫と二人の子供がいたのである。牧水にはそのことは告げていなかった。
人口に膾炙している「白鳥は」の歌も、この時期に詠まれた。牧水にとって悲しみとは何だったか、そしてこの一首は牧水自身にとってどんな意味があったかを、俵のペンは明らかにする。
第三章は「いざ唇を君」。明治四十一年の正月を牧水と小枝子は房総の根本海岸で過ごし、二人はついに身も心も結ばれた。俵万智は牧水の口づけの歌に注目している。歌集未収録の「天地に一の花咲くくちびるを君を吸ふなりわだつみのうへ」や、有名な「山を見よ山に日は照る海を見よ海に日は照るいざ唇を君」「ああ接吻海そのままに日は行かず鳥翔ひながら死せ果てよいま」などを引き、韻律も分析して見事な鑑賞を書いている。口づけの歌でも牧水が高揚感を表わすのは海を舞台にしたときと指摘し、牧水にとって海が特別な場所だったことを言う。小枝子の瞳の中に海の干満を詠みこんだ一首などその読みにはっとさせられる。俵は根本海岸を自らも訪れ、フィールドワークもおこたっていない。
根本海岸の歌を見ると、牧水は一人の女性だけを登場させ、二人きりで過ごしたことになっている。『別離』の詞書きにも「女ありき、われと共に安房の渚に渡りぬ」と記している。ところが大悟法利雄によれば、小枝子の従弟が一緒だったという。俵万智はそのことを知って「椅子から転げ落ちるかというくらい驚いた」そうだ。従弟の赤坂庸三も同行してなぜ三人の根本海岸だったのか。このことについて「ずっとしつこく考え続けてきた」という俵の推論が興味深い。従来なされてきた牧水の側にたっての推測でなく、小枝子の側にたっての推測に説得力がある。彼女の「保身」の意味合いが強いと。宿の部屋割りまで具体的に想像していて、細かい。この評伝『牧水の恋』を俵が小説として書いたならば、根本海岸の三人をどう描いただろうか。今となっては事実はわからず、ドラマや映画に作ったら興味深い作品になるかなと思う。ちなみに堺雅人は牧水の映画に出演するならば、牧水の役でなく庸三の役をやりたいと『ぼく、牧水!』の私との対談で言っている。