「三国志の世界を知ることは、宝の山に踏み込むようなものかもしれません」
そう話すのは、作家の宮城谷昌光さん。正史をもとに『三国志』(全12巻)や『三国志入門』などを執筆し、三国志に20年以上向き合ってきた。オンライン講座「『三国志』再発見!講義」で、魅力や知られざる逸話などを縦横無尽に語る。
マンガやゲームなどでも親しまれている三国志だが、その多くは三国時代から1000年以上後に書かれた小説「三国志演義」がもととなっている。
「三国志のなかで、最高の名将は誰だったのか、いちばんの勇将は誰だったのかと考えるときがあります。『演義』は劉備が中心ですので、関羽や張飛だという人もいるでしょうが、史実をよく見ていくと、なぜかよく知られていない名将がたくさんいるんです」
その一人が、皇甫嵩(こうほすう)だ。数十万人の信徒を擁する宗教団体が一斉に蜂起した「黄巾の乱」を、ほぼ一人で鎮めた。
「そして皇帝の霊帝が亡くなった直後、董卓が朝廷を一気に制圧し、三国が分かれていくきっかけになりました。このとき皇甫嵩は、独立した勢力を持っていた陶謙から『一緒にやりませんか』と誘われたが、董卓の下に入った。その判断のまずさが、後に名将であることを知られない原因になったのです。歴史の転換期は難しいですね」
隠れた名将はまだいるが、伝記がないため、単行本化できるほどの分量にならない。
「だから、こういうときに話すくらい(笑)。たとえば、徐栄は袁紹配下の曹操軍と、袁術配下の孫堅軍の両方を破ったすごい将軍です。
本当に強くて大活躍した将軍で最高位にあるのは、9月刊行の『三国志名臣列伝 魏篇』で書いた、張遼。呂布の下にいたが、呂布を討った曹操の配下となった。その後の活躍は枚挙に暇がないほどで、三国志が本当に好きな人は張遼が好きだと思う。一方、高順という将軍は、相手の陣営を必ず陥落させるため“陥陳営”と呼ばれ、呂布に非常に忠誠を尽くしていた。曹操が許さず、高順はあっさり殺されたのが、すごくくやしい。
呉の国で爽やかで心に沁みた生き方をした最高の人物は、陸抗で、戦もうまいし、進退も見事。攻めるところは攻めて、引くところは引くのが名将です。三国志を読むと戦がうまい人と下手な人がいて、過去の戦を知っていたり、勇気があれば勝てるかというとそうでもない。戦場における駆け引きを自分なりに検証したり、わずかに光っただけで消えていった名将を探したりする楽しみもあります」
三国志から教えられる“歴史的知恵”は少なくない。
「人の能力を見極めたり、組織で人を使ったり、率いたりするにはどうすればいいのか。人材発掘がうまい曹操から学ぶ必要があります。歴史書の原文は読みにくいでしょうから、歴史小説をもとに考える力を養うのがいいでしょう」
みやぎたにまさみつ/1945年生まれ。91年に『天空の舟』で新田次郎文学賞、「夏姫春秋」で直木賞。『重耳』で93年度芸術選奨文部大臣賞。99年度司馬遼太郎賞。2001年『子産』で吉川英治文学賞。『劉邦』で15年度毎日芸術賞。近著に『公孫龍 巻一 青龍篇』。『三国志名臣列伝 魏篇』が9月22日発売。
INFORMATION
オンライン講座「『三国志』再発見!講義」
9月11日(土)13時30分から。参加費3300円。詳細、申込みは下記より
https://oorusoukan90nen02.peatix.com/