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<デイヴィッド・ピース9000字ロングインタビュー>何かの手に導かれて、わたしは下山事件を書いた。

<デイヴィッド・ピース9000字ロングインタビュー>何かの手に導かれて、わたしは下山事件を書いた。


ジャンル : #エンタメ・ミステリ

『TOKYO REDUX 下山迷宮』(デイヴィッド・ピース)

■東京オリンピックと下山事件

――完成が遅れたおかげで刊行が今年になったのは奇遇というか偶然の一致というか。第二部の舞台は1964年、最初の東京オリンピックの直前の夏です。新型コロナウイルスによる東京オリンピックの延期もあって、オリンピックが東京でふたたび開催される今年に、日本のみならずイギリス、アメリカ、ドイツなど世界中で刊行されることになりましたから。

DP 1964年は下山事件の――もしあれが殺人であればですが――時効の年なんですよ。この年を第二部の舞台に選んだ当初の理由はそれだったんです。しかしもちろん、この年はオリンピックに向けて東京が変貌を遂げる年でもある。この偶然の一致に気づいたときに、この作品には何か謎めいた「力」みたいなものが働いているんじゃないかと思ったんです。何かの手によって自分はここに導かれたような気がしています。

――そんな東京で、下山事件の取材をしていた探偵小説作家・黒田浪漫が行方不明になる。彼を探してほしいという依頼を受けるのが元刑事の私立探偵・室田秀樹で、彼の調査行が第二部の物語となります。室田は『TOKYO YEAR ZERO』に警視庁の刑事として登場していましたが、再登場する人物として彼を選んだのはなぜですか?

DP たしか『占領都市』のあとに、「第三作で活かせるかもしれない過去2作の要素」をまとめたものをもらったんですよ、あなたから。

――そういえば書いたかもしれません。三部作を有機的につなげるためのエピソードや人物をまとめたやつですね。

DP この人物の去就は書かれていないとか、これをこういうふうに発展させる手があるかもとか。この作品を書き始めて、第二部の主人公を誰にしようと思ったときに、あのまとめのような発想はアリだなと思ったんですよ。もともと室田はお気に入りのキャラクターでしたし、彼はあの作品世界から逃げ出すことができた数少ない人物でした。わたしの小説では、たいがいの登場人物は「脱出」できないんですが、彼は違う。これが理由のひとつめ。もうひとつは、室田は『TOKYO YEAR ZERO』の因縁を引きずっていないキャラクターなので、彼の物語にすれば第一作を読んでいなくても問題なく楽しめることです。もちろん、読んでいるひとには別の楽しみがありますが。

■猟奇的な探偵小説+社会派推理小説

――第二部で室田と同じくらい重要な役割を果たすのが探偵小説作家・黒田浪漫です。

DP そもそも下山事件に関してわたしが魅了されるのは、たくさんの小説家や作家たちがこの事件に吸い込まれてしまったことです。なので、この事件にとりこまれてしまう作家というのは、この小説の本質的な要素だと考えました。

――いわゆる「下山病」ですね。もともとは『謀殺・下山事件』の矢田喜美雄の言葉らしいですが。

DP わたしも一時期それに罹っていましたよ(笑)。膨大な資料をもとに下山事件を解決しようとするのに時間をずいぶんかけてしまいました。下山事件について書くことではなく。

――第二部で室田は下山事件についての本を買い込みます。松本清張、井上靖、夏堀正元などなど……。第二部は「ブッキッシュ」なパートですよね。失踪者は作家、依頼人は出版社の社員を自称し、「日本探偵作家協会」なるものも登場して、室田は江戸川乱歩を思わせる横川二郎という探偵小説界の巨匠に話を聞いています。

DP 黒田浪漫にはいろいろな日本の作家の要素がこめられていて、例えば宇野浩二──彼は『Xと云う患者 龍之介幻想』にも登場します。宇野浩二も下山事件について書いているんです。つまり下山事件と「縁」があるわけで、こういう「縁」を見つけると、何かが自分に語りかけているような気持ちになるんですよ。吉田健一もかなり強い要素です。そしてもうひとつ、わたしが日本のクライム・フィクションの大ファンなのはご存知でしょう。なかでもとくに興味を引かれるのが、いわゆる“social crime fiction”──

――社会派推理小説ですね。

DP わたしにとってシャカイ=ハの創始者・松本清張は大巨匠です。その一方でわたしは、もっとトラディショナルな探偵小説、乱歩や横溝正史も好きですから、乱歩が描くような人物──猟奇的で、大正時代の匂いのするような、頽廃的で自堕落な探偵作家を、社会派的で政治的なミステリの世界に放り込んでみたかったんです。このふたつを結合させてみよう、というわけです。

――黒田浪漫は謎めいた言葉を口にします。「謎の解決(solution to mystery)」ならぬ「解決の謎(mystery to solution)」。ミステリについての方法論的な意識が背景にあったとうかがうと、このフレーズはボルヘス的な響きを帯びてきますね。

DP そう言えますね。その言葉はエドガー・アラン・ポオについての評論から借用してきたものなんですが。この言葉を、黒田は日本探偵作家協会の会合で発します。下山事件の「真相」を討論する会合ですね。あれは実際にあったことで、探偵作家が顔を合わせ、それぞれの意見を述べ、議論し、最後に投票で決をとる。最高じゃないですか。現実世界のミステリがあり、それを探偵作家たちが解明しようとするなんてことが実際にあったんです。

単行本
TOKYO REDUX
下山迷宮
デイヴィッド・ピース 黒原敏行

定価:2,750円(税込)発売日:2021年08月24日

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