人手不足は、外国人で補ってきた。厚生労働省「『外国人雇用状況』の届出状況まとめ」によると、「農業、林業」における外国人労働者数は右肩上がりに増えており、2012年の1万6435人から、2020年には農業のみで3万8208人と2.3倍になっていて、そのうちの9割を、技能実習生が占めている(農林水産省「農業分野における新たな外国人材の受入れについて」)。
技能実習生を受け入れる目的としては「技能移転を通じた開発途上国への国際協力」を掲げているが、これは理想論。長時間労働、低賃金、差別など様々な問題の温床になっているのは、各種メディアで報じられている通りである。また、コロナ禍で技能実習生が来日できなかったために、生産に影響が出るという報道がいくつもあった。これは技能実習生への依存である。
こういったネガティブな情報を見ると、読者は「もうお腹いっぱい」と思うかもしれないが、ここに挙げたのは今の農業が抱える問題の一部に過ぎず、深掘りすればきりがない。
しかし、見方を変えればこの疲弊して硬直化した農業界だからこそ、チャレンジがしやすい環境になっているとも言える。行政も既存の生産者たちも「このままじゃ、ダメだ」と危機感を抱いているから、新規参入者へのサポート体制は手厚い。よそ者にも、目新しい取り組みにも、寛容になり始めている。生産、流通、販売も、いまだに昔ながらのやり方が主流だから、現代的な手法でカイゼンするだけで収益性が高まる余地がある。応援されながら「出る杭」になり、打たれるどころか注目されるのが今の農業界。だから今、本書に登場する11人を含めて、意志ある開拓者たちが続々と農業に参入しているのだ。
紡がれる未来
本書のもうひとつのテーマは「継承」である。例えば、野口農園の野口憲一さんは、父親が作る蓮根の味を信じて1本5000円の値段をつけた。カンボジアで胡椒を作るクラタペッパーの倉田浩伸さんは、病床にある大伯父から受け取ったカンボジアの資料でヒントを得た。ムスカの串間充崇さんの切り札であるスーパーイエバエは、「親父以上に親父」と表現する小林一年さんから託されたもの。ダルマさんは事業承継する際、小松菜の栽培技術だけでなく従業員も引き受けた。ブータンにサステナブルな養鶏メソッドを輸出するみやぎ農園では、会長の宮城盛彦さんが築いた事業を娘婿の小田哲也さんが拡大。佐渡島に住むフランスの天才醸造家、ジャンマルク・ブリニョさんは、耕作放棄地が増えて悲しむ高齢者の姿を見て、一緒にブドウを作ろうと考えた。
直接的、間接的にさまざまな形での「継承」があって、今のビジネスにつながっているのだ。これは、連綿と続く歴史のなかで、地に足をつけて営まれてきた農業だからこそだろう。なんのバックグラウンドも持たない新規参入者であっても、先人の知恵や言葉を胸に、子どもや孫の世代を意識して事業を展開しているのは変わらない。そしてその想いは、血縁や地縁を越えて目指す未来と志を共有した者に受け継がれていく。そう考えれば、「継承」もまた越境の物語なのかもしれない。
本書に登場するネクストファーマーズが、世間一般的な意味で「成功」を収めるのか、僕にはわからない。まだ規模の小さな彼らの取り組みが、農業衰退の大波に飲みこまれてしまうかもしれない。それでも僕は、日本の農業に希望を見出している。なぜなら、本書に収録したかった越境者、開拓者がほかにも大勢いるからだ。明らかに、前著を執筆していた2年前よりも農業界は活気づいている。多様な人たちが集い、知恵を絞っている業界の未来は明るいと信じたい。それに、農業の取材で「今さえよければいい」「自分だけが儲かればいい」と考えている近視眼的、利己的な人に会ったことがない。それは、僕が農業に惹かれた大きな理由のひとつだ。
前著で、「日本の農業に明るい未来はあるか?」と問われたら、「その種は、蒔かれている」と答えると書いた。今、同じ質問をされたら、こう伝える。「希望の種が、芽吹き始めている」と。
(「はじめに」より)
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