悪あがき空しくトランプは落選…。希望の再スタートかと思いきや今日も政治家、セレブの奇行は止まらない。踊らされ続ける国、アメリカの明日はどっちだ?
10月11日(月)発売の『アメリカ人の4人に1人はトランプが大統領だと信じている』から、まえがきと1、2章を公開!
まえがき―― なぜ彼らは今までもこれからも、トランプを信じ続けるのか
アメリカから毎週の出来事をレポートした週刊文春の連載『言霊USA』、2020年夏からの1年分をまとめた一冊です。この1年間はアメリカ建国史上、最もどうかしていた1年かもしれません。なにしろ、大統領が選挙での敗北を認めなかったのはドナルド・トランプが初めてですから。
2021年8月13日の金曜日、そのトランプがジョー・バイデン現大統領をホワイトハウスから引きずり出す! そう期待していた人々がアメリカにいました。
「選挙に勝ったのは本当はトランプだ。それが単純な事実だ、いいか!」
保守系ポッドキャストでそう叫んだのはマイク・リンデル、安眠枕で財を成した大富豪で、トランプ前大統領の熱烈な支持者です。
「8月13日の朝、世界は驚くだろう。去年の選挙の結果を取り消せ! 国を乗っ取った共産主義者どもを追い出すんだ!」
なぜ8月13日なのか、特に説明はありません。でもトランピストたち、特にQアノンと呼ばれる人々は熱狂しました。Qアノンは陰謀論者。彼らは、民主党はディープステートという「闇の国家」の手先で、悪魔崇拝の儀式のために幼児を生贄にしているといいます。コロナ・ワクチンには人間を操るナノマシン(超微細装置)が仕込まれているとも。そして、トランプこそは悪魔と戦う神の使いで、選挙ではバイデンに票を盗まれたと主張するのです。彼らにとって本当の大統領は今もトランプなのです。
8月13日には何も起こりませんでした。トランピストたちにとってそれは初めてのことではありません。
まず2020年11月4日の大統領選挙後、トランプの弁護士は接戦で負けた各州に対し不正があると訴え、それぞれの州は莫大な費用をかけて票を数え直しました。トランピストたちはこれで結果がひっくり返ると信じていました。
何も起こりませんでした。ジョージア州では2回も手作業で数え直したのに。
次に1月6日、大統領選挙の結果が連邦議会で認定される日。トランプは数千人の支持者をホワイトハウス前に集めて、「議会に行け!」と叫びました。支持者たちは議会に乱入しました。警備の警官を殺害して。彼らは許されると思っていました。トランプが大統領になり、自分たちは英雄になるのだから。
彼らは逮捕され、連邦犯罪に問われています。
さらに1月20日の大統領就任式。トランピストたちは「ストーム(嵐)」が来ると信じていました。軍隊がクーデターを起こしてバイデンを逮捕してトランプを大統領にすると。
何も起こりませんでした。
その次は3月4日。1933年に憲法改正されるまでは、その日が大統領就任式でした。今日こそトランプが就任するのだ、そうトランピストたちは叫びました。
何も起こりませんでした。
これだけ裏切られても彼らはトランプを信じ続けています。そもそも彼らが信じる「選挙の不正」は、トランプが投票日前に「私が負けるはずないから、負けたら不正のはずだ」と言っていたことから始まっています。まさに言いがかりでしかありません。
選挙前から世論調査ではトランプの支持率はずっとバイデンを下回っており、投票ではそのままの結果が出ました。最初から一貫してトランプの票は少なかったんです。そういう理屈がトランプ支持者にはまるで通じません。これはもはや宗教です。宗教に根拠はいらないから。
困ったことに、トランプ教の信者は多いんです。
選挙から半年経った5月24日にロイターが発表した世論調査によると、アメリカ人の25%が大統領選挙には不正があったと信じています。何の不正も発見されていないにもかかわらず、4人に1人がトランプが勝利者だと考えているわけです。選挙制度が、トランプの根拠なき言いがかりで揺るがされています。
そんなトランプに、共和党は立ち向かいません。
8月4日にヤフーが発表した調査では、共和党支持者の66%が本当の大統領はトランプだと信じています。依然として、共和党で最大の支持者を持つ存在です。共和党員はトランプに逆らうと票を失います。だから議会襲撃の責任を問う弾劾裁判でも共和党は挙党一致で反対しました。有罪に投票した数少ない共和党議員リズ・チェイニーは党幹部を解任されました。もう、党内でトランプ批判は許されないのです。
トランプは2016年の大統領選に出馬するまで一度も共和党だったことはありません。彼のポリシーも共和党の党是と一致しません。だからトランプが予備選に出馬してきた時、共和党は必死で彼を潰そうとしましたが、逆にトランプに党を乗っ取られてしまいました。今の共和党は「トランプ党」です。
いっぽう、バイデン大統領の支持率は急落しています。
バイデンは就任以来、50%以上の支持率を維持してきました。8月13日の金曜日、ロイターの世論調査では53%がバイデンの仕事ぶりを評価していました。それが、週明けの17日火曜日には46%にダウンしました。その間に何があったのでしょう。
8月15日、アフガニスタン全土がイスラム武装勢力タリバンの手に落ちたのです。20年間、24万の犠牲者を出し、3兆ドルを投じたアフガン戦争はアメリカの敗北に終わりました。バイデン大統領は4月末に米軍の撤収を開始、8月に最初の都市が陥落すると、1カ月かからずに首都カブールは陥落しました。米軍に訓練され、装備を与えられたアフガン政府軍30万人はタリバンにほとんど抵抗しませんでした。
バイデンは米軍撤収について、「自国を守るために戦おうとしないアフガンの人々のために、米兵が命を落とすべきではない」と正当化しました。それは「アメリカ・ファースト(アメリカ第一)」を掲げるトランプならいいですが、同盟国との結束を強めると言っていたバイデンが言ってはいけないセリフでした。
ただ、撤収を決めたのはバイデンではなくトランプです。トランプ政権は2020年にタリバンと交渉して、2021年5月から米軍を撤退させると合意しました。バイデンはそれを実行しただけです。要するに彼はアフガン戦争の尻拭いという貧乏くじを引かされたのです。
それにバイデンが最も力を入れてきたコロナ対策も行き詰まってきました。
トランプ政権はヨーロッパからの入国規制が遅れて、ニューヨークにコロナウイルスを引き入れてしまいました。さらにトランプはロックダウンに消極的で、マスクを嫌って義務化しなかったので、抑え込みに失敗し、世界最多の感染者を出しました。
バイデンは就任から破竹の勢いでワクチン接種を進めました。5月いっぱいまでで全人口の5割が少なくとも1回の接種、4割が2回接種を受けることができました。
ところがその後、接種率は伸びませんでした。8月になっても接種を2回受けた国民は6割しかいません。トランプは7月17日にバイデンのワクチン接種の遅れを揶揄しました。
「ワクチン接種を拒否してる人々が多いからだ。なぜなら、彼らはバイデン政権を信じていない、選挙の結果を信じていないからだ」
選挙デマを拡げて政府への信頼を貶めたのはトランプ自身なのに。それが実際、ワクチンへの不信感とつながっています。フィナンシャル・タイムズ(7月20日付)によれば、大統領選でのトランプの得票率が高い州ほど、ワクチン拒否者の率も高くなります。そしてコロナ感染者数も増加します。
CDC(米国疾病予防管理センター)によると、8月17日時点で、人口あたりの感染者数が最も多い州はミシシッピ、ルイジアナ、アーカンソー、テネシーなどの南部州です。どこも大統領選挙でトランプが大差で勝利しています。それらの州はワクチン接種率も全米で最も低いです(ミシシッピ36%、ルイジアナ39%、アーカンソー39%、テネシー40%)。トランプ支持とワクチン拒否はリンクしているのです。
現在、アメリカのコロナ感染による死者は再び増えています。その99%は1回もワクチンを受けていない人々です。でも、未接種者が全人口の4割もいるので、収束にはまだほど遠いと言わざるを得ません。死者が増えれば、経済の立て直しもまたスローダウンし、バイデンの支持率もさらに下がるでしょう。
コロナの死者数はトランプの任期の終わりまでに45万人を超えましたが、引き継いだバイデンが泥をかぶらされています。コロナ対策をめぐってトランプと戦ったニューヨーク州のアンドリュー・クオモ州知事もその後、セクハラで辞任に追い込まれ、民主党は失点が続いています。
トランプのほうは、2024年の大統領選挙に向けて、着実に捲土重来の準備を固めています。支持者の熱狂度だけでなく、彼が大統領選から現在までに集めた寄付の額は1億ドル(約100億円)を超えます。このままではトランプが次期大統領選で共和党の候補として民主党に挑戦するでしょう。
コロナの死者数は現在、63万人で、米国史上最大の悲劇だった南北戦争の戦死者数を超えてしまいました。これほどの犠牲者を出し、議会制民主主義を文字通り踏みにじった大統領が再選されるかもしれないなんて……。
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