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トランプ去ってアメリカは変わった? アメリカ建国史上、最もどうかしていた1年を振りかえる!

トランプ去ってアメリカは変わった? アメリカ建国史上、最もどうかしていた1年を振りかえる!

町山 智浩

『アメリカ人の4人に1人はトランプが大統領だと信じている』(町山 智浩)


ジャンル : #随筆・エッセイ

『アメリカ人の4人に1人はトランプが大統領だと信じている』(町山 智浩)

ポートランドの闇に蠢くトランプの秘密警察

Don’t get in trouble(トラブルに巻き込まれないでね)」

 出かける息子にアメリカのママがよく言う言葉。「いい子にしてるのよ」的なニュアンスだ。

 逆に「トラブルに身を投じなさい」と言ったのは、7月17日に80歳で亡くなった連邦下院議員ジョン・ルイスだ。「いいトラブル。必要なトラブルにね」

 ルイスは1940年、人種隔離が続く南部アラバマで黒人の小作人の家に生まれた。1955年、アラバマ州都モンゴメリー市のバスが白人席と黒人席に分けられていたことに抗議して、キング牧師がバス・ボイコットを指揮した。これでバスの人種隔離を撤廃させるのを見た当時15歳のルイスは公民権運動に目覚めた。

 大学に進んだルイスは「シットイン」を組織した。黒人だけで白人専用レストランに入り、カウンターに座る運動で、ルイスたちは白人から、つばをかけられ、罵倒され、殴られても耐え続けた。

 1961年、ルイスは「フリーダム・ライダー」に参加した。黒人と白人の若者13人で長距離バスに乗って南部を旅しながら人種隔離に抗議したのだ。アラバマに入ると、白人至上主義団体KKKが火炎瓶をバスに投げ込んでルイスたちを殺そうとした。バスは丸焼けになったが、ルイスたちは逃げ延びた。だが、モンゴメリーに入ると、待ち構えていた警察と結託した白人暴徒がバットで殴りかかってきた。ルイスも負傷したが旅をやめなかった。

 1965年、ルイスは黒人の選挙権を求めてモンゴメリーを目指す行進の先頭に立った。警官隊が催涙ガスと騎馬で襲いかかった。ルイスが警棒で殴られる瞬間がテレビで全世界に報道された。彼は体を張って、権力の暴力を世界に示し、選挙権を勝ち取った。

 1987年に下院議員になり、様々な手段で非白人の投票を制限しようとする共和党と戦い続けた。しかし、彼が歩んできた道を知らない男がいた。

 2016年、大統領に選ばれたドナルド・トランプはルイスのことを「口ばっかりで行動が伴わない政治家だね」と揶揄した。そんなトランプだから、ルイスの死に際して「公民権運動の英雄ジョン・ルイスが亡くなったと聞いて悲しい」とツイートしても全然本気に思えない。なにしろトランプは今、ルイスに唾をかけるようなことをしているのだ。ブラック・ライヴズ・マター(BLM。黒人の命も大切だ)運動に対する弾圧である。

 5月末に始まった警官による黒人殺害への抗議デモはいまも全米各地で続いており、特にオレゴン州ポートランドでは毎晩、デモ隊と市警が激しく衝突している。そこに7月半ば、謎の武装警官が現れた。

 彼らは迷彩の戦闘服を着て、どこにも所属組織の認識票はなく、ただ防護具に「ポリス」とだけ書かれていた。無言でデモ参加者を一人ずつ拘束し、謎の黒いバンに乗せてどこかに走り去った。その不気味な光景はスマホで撮影されて拡散されたが、まるっきり軍事独裁国家の秘密警察のやり方だった。

「私が派遣したんだ」

 7月20日、トランプは認めた。謎の武装警察の正体は、DHS(国土安全保障省)のCBP(税関国境取締局)職員、連邦保安官などだった。ややこしいので仮に「トランプ隊」と呼ぼう。トランプが彼らを使ったのは、6月に連邦軍や州兵を使ってデモを鎮圧しようとした時、「軍は国民に銃を向けるべきではない」と、軍人やエスパー国防長官からも批難されたから、代わりに軍隊に似た連邦警察をかき集めたのだ。

イラスト:澤井健

☆ トランプの秘密警察の仕事ぶり ☆

「デモ隊大勢捕まえて、ムショにぶち込んだ。問題ない。奴らはアナキストで、反米なんだから」とトランプは言うが、問題ないか?

 まず、トランプ隊は身分を明かさず、権利も読み上げずにデモ隊を拘束しており、法で定められた逮捕のルールを破っている。また、無抵抗の人々に暴力を振るっている。服に赤十字をつけてデモ隊を助けていた救急ボランティアが殴られ、デモ隊の一人がスピーカーを頭上に掲げていたら、ゴム弾で額を撃たれ、頭蓋骨に裂傷を負った。

 何よりも、トランプ隊は、地元のポートランド市に無断で行動している。これは市の自治権の侵害だ。DHSは連邦政府のビルの警護だと釈明しているが、ビルから離れた路上でデモ隊を殴っている。さっそく、オレゴン州の司法長官がDHSを訴えた。

「素晴らしい仕事ぶりだ」トランプは自分の秘密警察を絶賛したが、実は逆効果だった。

 翌21日の夜、ポートランドのデモはかつてないほど膨れ上がった。先頭には普通のデモではめったに見かけない中年女性たち。トラブルに身を投じに来たママさんたちだ。

 彼女たちは「子どもたちがトランプの秘密警察に殴られているのに黙って家にいるわけにはいきません」という呼びかけで集まり、横に並んでスクラムを組んで「ママの壁」を作って行進した。催涙ガスやペッパースプレーを吹きかけられても母たちはひるまず、見事にトランプ隊を撤退させた。

 さらに翌日には、ポートランド市長テッド・ウィーラーがデモに参加し、トランプ隊の催涙ガスの洗礼を受けた。「本当に苦しかった」とガス体験を語るウィーラーだが「私は怯えてない。怒っている」と語った。「彼らは憲法違反だ」。市長の了解なく治安部隊を送り込むなんて。

「デモ隊に甘い民主党の市長たちが悪い」と言うトランプは、ポートランドと同じようにデモが続くシカゴやニューヨーク、オークランドにもトランプ隊を派遣する方針。それってジョン・ルイスたちの公民権運動を潰そうとしたアラバマ警察と同じじゃないか? 香港やウイグルを力で押さえつけようとしている中国政府と同じじゃないか?


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単行本
アメリカ人の4人に1人はトランプが大統領だと信じている
町山智浩

定価:1,320円(税込)発売日:2021年10月11日

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