本の話

読者と作家を結ぶリボンのようなウェブメディア

キーワードで探す 閉じる
昔の「本」の記憶を刺激され、一瞬にして《登場人物》に仲間入りする幸せ

昔の「本」の記憶を刺激され、一瞬にして《登場人物》に仲間入りする幸せ

文:薮田 由梨 (徳田秋聲記念館 学芸員)

『中野のお父さんは謎を解くか』(北村 薫)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #小説

『中野のお父さんは謎を解くか』(北村 薫)

 秋聲の宣伝になれば……とほんのり欲を出してしまったがためにとんでもないことになってしまった――と、いま己のあまりに場違いなことにキーボードを打つ指が震えている。火鉢どころでない、何か巨大なものを分不相応に飛び越えてしまった気がする。

 本書に収録された「火鉢は飛び越えられたのか」の末尾に書き添えてくださったとおり、石川県金沢市にある徳田秋聲記念館の一職員として物語にかかわらせていただいた。本来ならばそのクレジットさえ遠慮すべきであった、だってその程度の働きしかしていないのに、と今更ひどく恐縮する一方、前作『中野のお父さん』の文庫解説に佐藤夕子氏も書かれるように〈わざわざ〉、〈というだけの相手に〉かけるその一手間をまるで惜しまれないところに作者のお人柄、またそこから生み出される作品の呼吸が表れているようにも思う。これまで北村薫氏ならびにその作品に触れられた方々はみな少なからず思うところではなかろうか。

 冒頭の「縦か横か」がまさにそれで、ここに登場する「被害者」と「犯人」――解説から読まれる方も多いと聞くのでネタバレは避けるが――ふたりの関係性ならではの絶妙の呼吸のうちにこの謎は創造された。出来事としては車の当て逃げ、ただそれだけのことで、たとえば現場がたまたま立ち寄ったコンビニの駐車場で、当事者がまったく初対面のふたりであったならばここに引かれる《話》にならない(その代わりに別の挿話が生まれる可能性はある)。ボタンの掛け違いとまで行かずとも、たとえば気遣いであったり甘えであったり思い込みであったり遅れて湧き上がる怒りであったり――人と人同士の感情・思考が交錯するところに時として謎は生まれ、なお行き届いたことに彼らの後日談を想像する楽しみまでもが作中に織り込まれている。

 話が前後するが、第五話の「キュウリは冷静だったのか」もそのバリエーションと言えるだろう。誰しもに共通する謎でなく、このふたりの間にしか生まれ得ない謎。それを傍から汲み取る《お父さん》はさすがと言うほかないが、“《ガーリック》!”の一言だけで通じ合える関係性が物語の胆(きも)なのだ。

 再び「縦か横か」から、そもそもこの縦横問題を引き出してきた『怪盗ルパン』シリーズの存在もまた個人的に心ときめくものであった。恥ずかしながら翻訳者・南洋一郎氏の名を知らず、この人は実在だろうか、そしてこれというのは子どもの頃に夢中になって読んでいたあれだろうかと、物語を中途に堪らずインターネットで検索すると、まさにそれ、ズラズラと表示された表紙のあまりの懐かしさに心臓がどくんと跳ねた。おかげさまで《川本先生》とは違った意味で、《あの南洋一郎だったのか!》と叫ぶこととなった。と、こうした体験も北村作品のもたらす大きな喜びのひとつである。主人公の編集者・田川美希とその父《中野のお父さん》の二世代によって繙(ひもと)かれる「本」の数々は、多かれ少なかれ読者の中の記憶を刺激し、何かしらとリンクする。軽く時代を超え、ここに共有された実在の作家・作品にまつわる思い出によって、読者は一瞬にして美希たちと同じ物語の登場人物となれるのだからこれほど贅沢なことはない。

 そういう意味では、名作絵本『100万回生きたねこ』は、何百何千万という読者を両腕に抱え、一挙に物語に引きずり込むことのできる最強の書と言っていい(第六話「『100万回生きたねこ』は絶望の書か」)。安易な感想だが、《感動》か《絶望》か、あのとき自分はどう感じたろうと、本書を知る誰もがきっと一斉に振り返ったに違いない。三十年前……と思い出そうとしながら、あるいは今だったらとよぎりもし、幼少期に読んだ本をたとえば十七歳、二十一歳、五十歳、七十歳の自分が読んでみたらどう思うだろうと想像してみる。《本は一冊でも、読みは読んだ人の数だけある。それが本の値打ちだ。》と作中に記されるように、本は一冊でも、たとえ読む人が同じ一人でも、読みはそれを読む状況の数だけある、と言い換えることが許される気にもなるのである。

 第二話の「水源地はどこか」では、松本清張の盗用疑惑をめぐってポカンとあいた空白にひとつひとつぴったりとくるピースを嵌め込むように、隠れた水源地が辿られてゆくさまが実にスリリングで痛快だ。別シリーズの既刊『六の宮の姫君』(一九九二)で追跡された芥川龍之介と正宗白鳥の応酬における謎のブランクのことを思い出す。それらブランクを埋めんがためマイクロフィルムを虱潰しに眺め回す美希の眼精疲労も我がことのように感じられるし、しかし毎度そううまくシュートは決まらず、十二月掲載? いや一月掲載か? という見通しの立たない果てしない作業にも心当たりがあり過ぎる。そうした体験のある人にとっては、この《怪人》も《巨人》もただただ尊く、得がたい神様に見えるに違いない。

中野のお父さんは謎を解くか
北村薫

定価:748円(税込)発売日:2021年11月09日

ページの先頭へ戻る