- 2021.11.16
- 書評
労使問題+謎解き要素。社会人なら思わずうなるリアリティ!
文:内田 俊明 (八重洲ブックセンター書店員)
『きみの正義は 社労士のヒナコ』(水生 大海)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
お待ちかね、大好評シリーズ「社労士のヒナコ」、第二巻の文庫化であります。
このシリーズは後述する理由により、私の勤める書店「八重洲ブックセンター」で、とてもよく売れているのですが、当社の話はさておき、まずは縁あって初めて本書を手にされた方のために、このシリーズが読者に支持される面白さの秘密を、分析してご紹介したいと思います。なお、第一巻『ひよっこ社労士のヒナコ』をまだお読みでない方には、この第二巻からでも、充分面白く読めることを、先に申し上げておきます。
社労士(社会保険労務士)は、人事、労務、総務の専門家として、企業をサポートする職業です。弁護士、弁理士、行政書士などと同じく「士業」と呼ばれています。社会保険に関する公的書類を作成して行政に提出するほか、労使間におこる食い違い、トラブルを、法に基づいて解決に導く業務もあります。ここに物語の発生する要素があるのです。
会社勤めであれ、自営業であれ、社会人であれば、業務をスムースにこなしていく上で一番大事なのは「人間関係」であることに異論ある方は、あまりおられないと思います。人間関係においては、ひとたびトラブルがおこっても、法律や決まりごとだけで杓子定規に正否を判断、決定できることなど、まずありません。それぞれが仕事に対して、自分なりのノウハウや信念をもっているので、それを尊重しつつ、関係を壊さずに折り合いをつけることが、必要となってきます。
「法に基づいて解決に導く」社労士であっても、それだけでトラブルが解決できるわけもないのは同様で、まして対立しがちな労使間の話であるから、なおさらです。主人公の朝倉雛子は、新人のひよっこ社労士ではありますが、ひたむきにクライアントやスタッフと向きあい、意外な推理力も発揮したりして(日常系ミステリー小説でもあるのです)、よりよい解決法を見つけだしていきます。
私たちが社会人としていつも感じている、人間関係のストレスを象徴したようなストーリーが、昨今の制度改正などを背景に、社労士という立場から語られます。それだけでも充分興味深いのですが、ここに、さきほども触れたとおり、ベテランミステリー作家・水生大海さんによる謎解き要素も加わるので、独特の面白さが生み出されているのです。
このシリーズは連作短編集ですので、さらに詳しく、一編ずつ見ていきましょう。
「春の渦潮」
勤務が五年を超える非正社員は、当人が希望すれば無期雇用に転換できるという新制度を背景に、ベテランの非正社員と会社側の反目が描かれます。舞台となる職場が老人ホームということで、高齢化社会のアクチュアリティが感じられる物語となっています。先述したヒナコの推理力が見どころです。
「きみの正義は」
学習塾と工務店、まったく異なる二つの職場が、とあるキーワードで交錯します。本書に収められた作品の中でも、ミステリー要素がとくに大きいので、設定の紹介はできませんが、読後の満足感は間違いなし。ヒナコの奮闘がさらに重要な役割を果たす一編です。
「わたしのための本を」
書店員の労働環境がテーマです。……いやこれ、私たちの物語じゃないですか。
本職の私が読んでも、書店の経営から現場にいたるまで、実に描写がリアルです。ということは、いろいろな職業をテーマにしたほかのストーリーも、おそらくその業界のリアルを反映しているのでしょう。著者の取材力、表現力の確かさがうかがえます。
書店なら全国どこでも頭を悩ませているはずの「あの問題」を、ヒナコが解決してくれる、溜飲の下がるエピソードでした。
「藪の中を探れ」
化粧品会社が舞台です。セクハラ案件から、見えなかった社内環境のひずみが浮かび上がっていきます。題材となっている芥川龍之介の「藪の中」さながら、法廷もののような展開がスリリングです。