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労使問題+謎解き要素。社会人なら思わずうなるリアリティ!

労使問題+謎解き要素。社会人なら思わずうなるリアリティ!

文:内田 俊明 (八重洲ブックセンター書店員)

『きみの正義は 社労士のヒナコ』(水生 大海)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

『きみの正義は 社労士のヒナコ』(水生 大海)

 お待ちかね、大好評シリーズ「社労士のヒナコ」、第二巻の文庫化であります。

 このシリーズは後述する理由により、私の勤める書店「八重洲ブックセンター」で、とてもよく売れているのですが、当社の話はさておき、まずは縁あって初めて本書を手にされた方のために、このシリーズが読者に支持される面白さの秘密を、分析してご紹介したいと思います。なお、第一巻『ひよっこ社労士のヒナコ』をまだお読みでない方には、この第二巻からでも、充分面白く読めることを、先に申し上げておきます。

 社労士(社会保険労務士)は、人事、労務、総務の専門家として、企業をサポートする職業です。弁護士、弁理士、行政書士などと同じく「士業」と呼ばれています。社会保険に関する公的書類を作成して行政に提出するほか、労使間におこる食い違い、トラブルを、法に基づいて解決に導く業務もあります。ここに物語の発生する要素があるのです。

 会社勤めであれ、自営業であれ、社会人であれば、業務をスムースにこなしていく上で一番大事なのは「人間関係」であることに異論ある方は、あまりおられないと思います。人間関係においては、ひとたびトラブルがおこっても、法律や決まりごとだけで杓子定規に正否を判断、決定できることなど、まずありません。それぞれが仕事に対して、自分なりのノウハウや信念をもっているので、それを尊重しつつ、関係を壊さずに折り合いをつけることが、必要となってきます。

「法に基づいて解決に導く」社労士であっても、それだけでトラブルが解決できるわけもないのは同様で、まして対立しがちな労使間の話であるから、なおさらです。主人公の朝倉雛子は、新人のひよっこ社労士ではありますが、ひたむきにクライアントやスタッフと向きあい、意外な推理力も発揮したりして(日常系ミステリー小説でもあるのです)、よりよい解決法を見つけだしていきます。

 私たちが社会人としていつも感じている、人間関係のストレスを象徴したようなストーリーが、昨今の制度改正などを背景に、社労士という立場から語られます。それだけでも充分興味深いのですが、ここに、さきほども触れたとおり、ベテランミステリー作家・水生大海さんによる謎解き要素も加わるので、独特の面白さが生み出されているのです。

 

 このシリーズは連作短編集ですので、さらに詳しく、一編ずつ見ていきましょう。

 

「春の渦潮」

 勤務が五年を超える非正社員は、当人が希望すれば無期雇用に転換できるという新制度を背景に、ベテランの非正社員と会社側の反目が描かれます。舞台となる職場が老人ホームということで、高齢化社会のアクチュアリティが感じられる物語となっています。先述したヒナコの推理力が見どころです。

 

「きみの正義は」

 学習塾と工務店、まったく異なる二つの職場が、とあるキーワードで交錯します。本書に収められた作品の中でも、ミステリー要素がとくに大きいので、設定の紹介はできませんが、読後の満足感は間違いなし。ヒナコの奮闘がさらに重要な役割を果たす一編です。

 

「わたしのための本を」

 書店員の労働環境がテーマです。……いやこれ、私たちの物語じゃないですか。

 本職の私が読んでも、書店の経営から現場にいたるまで、実に描写がリアルです。ということは、いろいろな職業をテーマにしたほかのストーリーも、おそらくその業界のリアルを反映しているのでしょう。著者の取材力、表現力の確かさがうかがえます。

 書店なら全国どこでも頭を悩ませているはずの「あの問題」を、ヒナコが解決してくれる、溜飲の下がるエピソードでした。

 

「藪の中を探れ」

 化粧品会社が舞台です。セクハラ案件から、見えなかった社内環境のひずみが浮かび上がっていきます。題材となっている芥川龍之介の「藪の中」さながら、法廷もののような展開がスリリングです。

きみの正義は
社労士のヒナコ
水生大海

定価:891円(税込)発売日:2021年11月09日

ひよっこ社労士のヒナコ
水生大海

定価:880円(税込)発売日:2019年10月09日

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