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米国が多大な犠牲を払ってまで台湾を守りきることはない

米国が多大な犠牲を払ってまで台湾を守りきることはない

エマニュエル・トッド

『老人支配国家 日本の危機』(エマニュエル・トッド)

出典 : #文春新書
ジャンル : #ノンフィクション

『老人支配国家 日本の危機』(エマニュエル・トッド)
「米国の介入による混乱」が中東から東アジアへ?

 中国が「権威主義的政治体制」で、出生児の男女比が示すように「女性差別社会」であるのは、「外婚制共同体家族」(兄弟間は平等で親子関係は権威主義的)という家族構造に起因しています。家族構造の専門家として私は、中国がそのような社会であることを「理解」できます。つまり、それなりの歴史的な理由があるのです。しかし個人的には、「自由」や「民主主義」という価値観を共有する「西洋社会」──広い意味で私はここに日本も含めます──の一員として、中国の権威主義体制にはとても共感できません。

 だが、他方で米国もどこまで信用できるのか。ここ最近の動きを見ていると、「世界の安定に寄与する米軍のプレゼンス」というものに疑念を抱かざるを得ません。

 先のアフガニスタンからの米軍撤退は、ベトナム戦争でのサイゴン陥落を思い起こさせるもので、米国の安全保障と外交戦略を担うエリートの知的衰退を象徴する光景でした。

 アフガニスタンだけではありません。イラク、イラン、シリア、ウクライナ、ジョージア(グルジア)など、いずれも「米国による介入」は、単に事態を悪化させただけで、米国の戦略はことごとく失敗しています。現在、米国は戦略の軸足を中東から東アジアに移していますが、今後の東アジアが“中東の二の舞”になる怖れがあります。米国が積極的に関与することで、「安定」や「秩序」ではなく、かえって「混乱」が東アジアにもたらされる、ということが考えられるわけです。

 私には、一部の賢明なリアリストを除いて、米国の外交や地政学の担い手が「理性」を失っているように見えます。例えば、米国が多用しているドローンによる攻撃は、「理性的」と目されていたオバマ大統領によって承認されたものですが、テロリスト同然の手法で、倫理的にも許されるものではありません。「世界の安定に寄与する米軍の有用性」に疑問符を付けざるを得ないのです。(略)

軍事優先の危うさ

 要するに、米国の軍事的実力は見かけほどではないのです。その証拠に、ロシアは米国を軍事的に恐れていません。問題は、にもかかわらず、自惚れた米国が自分の実力を見誤り、各地で分別を欠いた挑発を行なっていることです。その結果が、イラク、イラン、シリア、ウクライナ、グルジア、そしてアフガニスタンでの失敗であり、「米国の介入による混乱」が、今度は東アジアにもたらされつつあります。米国本土から遠く離れ、中国大陸の目と鼻の先にある台湾をめぐって軍事的挑発を繰り返していますが、米国が多大な犠牲を払ってまで台湾を守りきることはないでしょう。米国が他国にそこまでした例はないからです。もしそうであれば、不必要に緊張を高めるのではなく、軍事的な牽制は抑制的であるべきです。

 中国が周辺諸国にとって軍事的脅威になっているとしても、世界戦略上、「中国問題」は何よりも「経済的勢力としての問題」であり、「軍事的勢力としての問題」はあくまで二義的です。中国の近隣諸国に与える影響力と衛星国化の手段も、現状では軍事的なそれよりも経済的なものだからです。

 こういう状況で、米国が経済よりも軍事を優先するのは賢明ではありません。中東に「民主化」をもたらすとして結局は「混乱」しかもたらさなかった「米国のリベラル的軍事介入主義」は、世界にとってリスク要因です。米国兵器購入の強要は、それが同盟国に対しても向けられていることを意味します。『帝国以後』では米国の振る舞いを「演劇的軍事行動」と断じましたが、「世界の警察官」であり続けるためだけに各地の緊張を高めることすら考えられます。しかし、米国自身の問題もまた、「軍事的」なそれよりも「経済的」なものである以上、米国は「戦争」をするのではなく、もっと「働く」べきなのです。

(通訳=大野舞)


(<日本の読者へ──同盟は不可欠でも「米国の危うさ」に注意せよ>より抜粋)

文春新書
老人支配国家 日本の危機
エマニュエル・トッド

定価:935円(税込)発売日:2021年11月18日

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