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米国が多大な犠牲を払ってまで台湾を守りきることはない

米国が多大な犠牲を払ってまで台湾を守りきることはない

エマニュエル・トッド

『老人支配国家 日本の危機』(エマニュエル・トッド)

出典 : #文春新書
ジャンル : #ノンフィクション

『老人支配国家 日本の危機』(エマニュエル・トッド)

 私は意に反して「予言者」としばしば評されてきましたが、今の世界を見ていて強く感じるのは、将来を安易に予測するよりも、時代の不確かさに耐えること、行動する前に従来の常識や方針もゼロから疑うことが求められている、ということです。

 本書の各章で、私は、欧米の主流派メディアと異なり、米国でのトランプ大統領の誕生や英国のEU離脱を肯定的に評価しています。いずれも「自由貿易から保護貿易への転換」「民主主義の“失地回復”」を体現するものだからです。ここ三〇~四〇年にわたる新自由主義の時代は、英米──サッチャーとレーガン──によって始められましたが、新自由主義からの転換もまた英米によって主導されているわけです。一七世紀末以降、世界史にリズムを与え、これを牽引してきたのはアングロサクソンの英米で、この構図は今後も大きくは変わらないでしょう。私はフランス人ですが、個人的にも、フランスの哲学や観念論より、英米の経験主義に敬意と共感を抱いています。

 しかし、とくにここ最近、米国の対外政策に不安を感じるようになりました。ちょうど『帝国以後』(藤原書店)を執筆した二〇〇二年に感じたような不安です。『帝国以後』では、九・一一以降にリアリズムから逸脱してアフガニスタンやイラクに次々に侵攻する米国の対外政策、とりわけ「演劇的軍事行動」を分析しましたが、現在の米国の外交や同盟国への振る舞いを見ていると、当時と同じように「米国はどこまで信頼できるのか」という疑念を抱かざるを得ないのです。もし私の直観が正しいとすれば、このことは米国と緊密な同盟関係にある日本にはとくに重大な意味をもつはずです。

中国の急速な少子化

 米中の対立が今後も長く続き、世界の二極化が進むだろう、という点で、多くの識者と私も同じ見解です。その上で、まず人口学者として断言できるのは、中国が米国を凌ぐ大国となり、世界の覇権を握るようなことはあり得ない、ということです。

 一〇年に一度の中国の国勢調査が今年(二〇二一年)五月に公表されました。一カ月ほど公表が遅れ、データを改竄するためではないか、と疑われましたが、発表された二〇二〇年の合計特殊出生率は一・三人という衝撃的な数値でした。いつからこんなに低い出生率だったのか、しっかり検証する必要があります。

 女性一人あたりの出生率は二・〇人に近い水準でなければ、その社会は現状の人口規模を維持できず、数十年後に多大な影響を被ります。一・三人ということは、少子高齢化が急速に進むことを意味し、中国の人口規模からして人口減少を他国からの移民で補うことも原理的に不可能です。

 さらに懸念されるのは、出生児の男女比です。一〇六人(男子)対一〇〇人(女子)が通常値であるのに、今日の中国では、一一八人(男子)対一〇〇人(女子)という異常値を示しています。出生前の性別判断が技術的に可能になり、女子の選択的堕胎が行なわれているからで、必ず将来の人口構成に大きな歪みをもたらします。

 こうした点から、中国の将来を楽観視する人口学者など一人もいないのです。

 しかし、さらなる問題は、こうした統計すら、どこまで信頼できるか分からないことです。中国当局発表の統計データは、その信憑性が常に疑われているからです。

「経済統計は嘘をつくが、人口統計は嘘をつかない」が、人口学者としての私の研究の出発点です。一九七六年に「今後、一〇年、二〇年、もしくは三〇年以内にソ連は崩壊する」と断じたのも、二〇一六年にトランプ当選の可能性を強調したのも、それぞれ「人口統計」(ソ連崩壊は乳幼児死亡率の上昇、トランプ当選は中年白人人口の死亡率の上昇)に基づく判断でした。人口統計は、日々のニュースが伝える政治の動きや経済統計以上に、社会の根底にある動きを捉えているからです。しかし、その人口統計自体が信頼できないというのは、研究者として初めて直面する事態です。

冷戦後に不安定化した米国

 他方、米国も人口動態上の脆弱さを抱えています。トランプ政権によってなされた「自由貿易から保護貿易への転換」「中国との経済上のデカップリング」は、政策としては概ねバイデン政権にも引き継がれています。しかし「国内産業基盤の再生」をなそうにも、本当に実現できるかは、また別の話です。一定数の移民を受け入れ、健全な出生率を保っている米国は「人口減少」と無縁ですが、中間層の「教育水準」が低いままでは、「国内産業」の担い手とはなれません。急速に発展を遂げた一九〇〇年頃の米国の産業は、科学技術の向上だけでなく、労働者のプロテスタント的勤勉精神と高い教育水準に支えられていました。ところが、現在の米国には、そうした中間層が国内に見当たらないのです。

 この欠落を移民大国である米国は、教育水準の高いアジア系移民によって補ってきました。人口が三億人を超え、今後も増える見込みの米国にとって、そのニーズはこれまで以上に高まっていくはずです。ところが、アジア諸国の大部分は出生率が低く、これまでのようにはアジア系移民を当てにできなくなるのです。(略)

文春新書
老人支配国家 日本の危機
エマニュエル・トッド

定価:935円(税込)発売日:2021年11月18日

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