宮本昌孝『天離(あまさか)り果つる国』は、伝奇小説の名手による波乱に満ちた物語である。
白川郷は希少な戦略物資を生産しているため様々な勢力に狙われていたが、領主の内ケ嶋氏理(うじまさ)は独立の道を模索していた。氏理の前に現れた天才軍師・竹中半兵衛の弟子・七龍太(しちろうた)は、氏理の娘・紗雪と恋に落ち、愛する人と白川郷を守るために戦う。七龍太たちは、自然と人間が共存し、差別も抑圧もない自由で民主的な国を作ろうとするが、これは日本が目指すべき理想のように思えてならない。
木下昌輝『戀童(れんどう)夢幻』は、公家の近衛前久が織田信長の前に連れてきた類い稀な美貌の芸能者・加賀邦ノ介が、本能寺の変、千利休切腹などの裏で暗躍したとして歴史を読み替えており、ミステリーとしても伝奇小説としても秀逸である。
芸能者という常識の埒外(らちがい)で生きる邦ノ介が、マジョリティの無理解がマイノリティを抑圧している現実を暴いていくので、耳が痛い読者も多いのではないか。
幡大介『シャムのサムライ 山田長政』は、徳川家康に仕える大久保忠佐の駕籠(かご)かきだったものの、トラブルを起こし江戸から離れ遠く離れたシャム(現在のタイ)にたどり着いた仁左衛門(山田長政)が、ソンタム王の知遇を得て、関ヶ原の合戦や大坂の陣で敗れた豊臣方の浪人、弾圧が強まる日本を逃れたキリシタンなど祖国に居場所がない人たちを率い、共に出世をしていく痛快な物語である。“負け組”が逆転する展開は、現代の日本に必要なのは再チャレンジができる環境を用意することだと教えてくれるのである。
志川節子『博覧男爵』は、大河ドラマ『青天を衝け』の主人公・渋沢栄一と同じく幕府の随員としてパリ万博に行き、そこで見た自然史博物館に衝撃を受け、現在の東京国立博物館の建設に尽力した“日本の博物館の父”こと田中芳男の一代記である。日本に博物館を造るという芳男の夢は、何度も経済効率を優先する明治政府に否定されるが、こうした文化への無理解は現代も変わっていないので、暗澹(あんたん)たる気持ちになるかもしれない。
治安維持法違反の容疑で逮捕された小林多喜二、反戦川柳作家の鶴彬(つるあきら)、哲学者の三木清らの死の裏には、内務官僚の暗躍があったとするミステリー・タッチの物語を作った柳広司『アンブレイカブル』は、大逆事件で処刑された大石誠之助を主人公に予防拘禁の危険性に迫った『太平洋食堂』とテーマが共通している。思想と言論の統制が強まった昭和初期に、信念を貫いた敗れざる者たちは、同調圧力に流されやすい日本人に、その危険性を教えてくれるのである。
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