縄田一男の収穫 十冊
『源氏の白旗 落人たちの戦』(武内涼/実業之日本社)
『黒牢城』(米澤穂信/KADOKAWA)
『高瀬庄左衛門御留書』(砂原浩太朗/講談社)
『千里をゆけ くじ引き将軍と隻腕女』(武川佑/文藝春秋)
『吉宗の星』(谷津矢車/実業之日本社)
『もろびとの空 三木城合戦記』(天野純希/集英社)
『白光』(朝井まかて/文藝春秋)
『浄土双六』(奥山景布子/文藝春秋)
『噂を売る男 藤岡屋由蔵』(梶よう子/PHP研究所)
『野望の屍』(佐江衆一/新潮社)
※文章登場順
コロナ禍とも通じる苦境を生き抜く人々の姿が光る
今年は新人・新鋭の力作が多かったが、特筆すべきは『源氏の白旗 落人たちの戦』だ。本書の主人公は源義経ら正(まさ)しく落人。彼らを描くにあたって、古典で言えば『平家物語』など、そして歌で言えば『伊勢物語』の古歌など、平家の敗北や逃亡に関するもののあわれと言ったものが日本人の情操とどのように関わってきたかを小説のかたちで考察している点に破格の面白さがある。また、私たちが歴史小説を読む場合、どれだけ武家の価値観、その倫理や道徳といったものが作品評価の基本軸たり得ているかわかる点も興味深い。
『黒牢城』は、歴史小説とミステリーの最も幸福な融合である。信長に叛旗(はんき)を翻(ひるがえ)した荒木村重が立て籠(こも)った有岡城で起こる奇怪な事件の数々。人心の動揺を鎮(しず)めるべく、謎の解明に挑む村重。そしてこの城の牢にはそれ以上の頭脳、稀代の軍師・黒田官兵衛がいる。一つの太い線でつながるすべての謎を解く村重、官兵衛という知の二重構造。そして歴史と不可避の作品のテーマが見事に浮かび上がってくるダイナミズム。傑作。
新人の第二作とは思えぬのが『高瀬庄左衛門御留書』だ。神山藩で郡方をつとめる庄左衛門は、五十を前にして妻を喪(うしな)い、今また息子を亡くす。そして、気随気ままに絵を描きながら、息子の嫁である志穂(しほ)とともにひっそりと暮らしている。そんな彼のもとにも藩の政争はいや応なく及んでくる。こう書くと藤沢周平めくが、作者は第二の藤沢周平ではなく第一の砂原浩太朗たらんと最善の努力をしている。完璧な文体、緊密な構成、そして、かつての日本人の美しさが如実に示される三位一体がいい。
『千里をゆけ』は若々しい力にあふれた作者の傑作。この一巻は嘉吉(かきつ)の乱をラストになまじ兵法を学んだが故に、二転三転するヒロイン小鼓の人生を様々な時代の群像と共に活写した作品。特に後半、戦乱の中にあって小鼓の話芸に興じていた人々の中から「明日も生きよう」という叫びが上がる場面の素晴しさはどうだ。この一言は、まるでコロナ禍の閉塞(へいそく)した状況下を生きている私たちの合言葉のようだ。そう思うと目頭が熱くなる。
ベテランの作に目を移せば谷津矢車『吉宗の星』は、吉宗が将軍になるに際して様々な人の想いが交錯している点がたまらない。まず五代将軍綱吉。彼は吉宗の母が側室であると聞き、身分賤(いや)しき己が母の事を思う。そして吉宗が天下人となって母を守れと言う。この将軍になった理由が母のためだったという解釈は深い感動を呼ぶ。
-
『赤毛のアン論』松本侑子・著
ただいまこちらの本をプレゼントしております。奮ってご応募ください。
応募期間 2024/11/20~2024/11/28 賞品 『赤毛のアン論』松本侑子・著 5名様 ※プレゼントの応募には、本の話メールマガジンの登録が必要です。