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時代小説、これが2021年の収穫だ! Part3 大矢博子・選

時代小説、これが2021年の収穫だ! Part3 大矢博子・選

文:大矢 博子

当代きっての目利きが選んだ、絶対読むべき令和三年のベスト10

出典 : #オール讀物
ジャンル : #歴史・時代小説

 定番とされたエピソードに新解釈を見せてくれたのが、佐藤巖太郎『伊達女』である。伊達政宗を取り巻く女性たちを視点人物にした連作短編集で、母・義姫による政宗暗殺未遂の真相や、政宗の愛妾を差し出すよう秀吉に言われた保姆(ほぼ)の片倉喜多の決意など、有名な話を思わぬ手管で再構成している。このふたりをはじめ、主人公となる女性たちが皆、自分が果たすべき役割に向き合う姿が実にいい。また、通して読むことで伊達政宗の一代記になっているのにも感心。

 もうひとつ戦国ものから花村萬月『くちばみ』を挙げよう。美濃の蝮(まむし)・斎藤道三を主人公に父子の相剋を描いた物語だが、これが実にエキサイティング! 何より語り口調がいい。史実がどうであろうとも面白い方がいいじゃないか、という著者のツッコミに笑い、著者らしい暴力・性愛描写に唸っているうちに、いつしか疾走する道三に搦(から)めとられていた。道三が義龍に討たれる長良川の戦いの場面は不思議と爽やかだ。

 古代からは周防柳『身もこがれつつ』を。藤原定家選の「小倉百人一首」はどのような経緯で編まれ、選別には定家のどんな意図があったのかを、政治の謀略と絡めながら描き出す。八〇〇年経った今も変わらず人々の胸を打つあの百人一首に、こんなドラマがあったとは!

 幕末ものからは奥山景布子『流転の中将』を挙げる。その年の新田次郎文学賞と本屋が選ぶ時代小説大賞をW受賞した『葵の残葉』の、文字通り兄弟編だ。会津中将・松平容保(かたもり)を兄に持ち、京都所司代を勤めた桑名藩主・松平定敬(さだあき)。はからずも朝敵となってしまった彼の、江戸から柏崎、北海道、はては上海までの流転の様子が描かれた。彼を追い出した桑名藩重臣たちのドラマも読ませる。

 明治期の女性絵師を描いたのが、澤田瞳子の直木賞受賞作『星落ちて、なお』である。明治二十二年、天才絵師・河鍋暁斎(きょうさい)が没し、一門は娘のとよに託された。しかし時代は動き、西洋画の流行に加え自らの結婚・出産と、彼女は絵に向き合う時間がとれない。天才の父を超えることも、かといって離れることもできないひとりの女性の生き方が圧巻だ。

 時代物の大収穫は、なんと言っても砂原浩太朗『高瀬庄左衛門御留書』。初老にして嫡男を亡くし、お役目に戻った主人公が政変に巻き込まれる。藤沢周平や葉室麟を彷彿(ほうふつ)させる設定だが、本書の魅力は筋だけにあるのではない。何ということはない日常の描写、心情の描写が実に素晴らしいのだ。沁みるのだ。人は、どうしようもない後悔を積み重ねながら生きていく。その過去の上に今の自分がいるのだという覚悟が、文章から立ちのぼる。人生は「均(なら)して平らなら、それで上等」という庄左衛門の言葉が、いつまでも心に残った。

 青山文平『泳ぐ者』はミステリファンからの評価も高かった『反席』の続編にして長編で、熟練の技が堪能できる。主人公の徒目付が刃傷沙汰の探索を任されるも失敗。ところが後に、その一件が思わぬ形で再燃する。人を罪の道に踏み出させる、そのきっかけは何なのか。今の私たちにも直接刺さるテーマを孕(はら)んだ作品だ。なお、余談ながらこの作品、けっこうな飯テロ案件なので、そちらもお楽しみに。


(「オール讀物」12月号より)

単行本
星落ちて、なお
澤田瞳子

定価:1,925円(税込)発売日:2021年05月12日

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