強い副作用や後遺症が残る心配がない
新型コロナウイルス感染症の流行もあり、ウイルスと聞くと、「恐ろしい」という印象を持たれる方もいるかもしれません。しかし、「毒を以て毒を制す」ではありませんが、これからのがん治療において、ウイルスが強力な武器になることは、すでにさまざまな研究で明らかになっています。
ウイルス療法とは、ウイルスを使って、がん細胞を破壊する新しい治療法です。ウイルスの遺伝子を操作して、がん細胞のみで増殖するウイルスを人工的につくり、腫瘍内に投与して感染させ、ウイルスにがん細胞を攻撃させるのです。体内で増殖したウイルスは、さらに周囲に散らばって次々とがん細胞に感染し、増殖と破壊を繰り返して、がん細胞を死滅させていきます。
このウイルス療法薬の優れている点は、正常細胞に感染しても増殖できないしくみを備えていることです。そのため、正常組織を傷つけることはありません。つまり、従来のがん治療のような強い副作用や後遺症が起こる心配がないのです。
G47Δに使われているウイルスは、口唇ヘルペスなどの原因になる単純ヘルペスウイルスⅠ型で、成人の八割程度が一度は感染して抗体を持っている、ごく身近なウイルスです。新型コロナウイルスが人類の脅威となったのは、その存在が専門家にとっても未知のものだったから。単純ヘルペスウイルスⅠ型のように研究が進み、人為的に制御できるウイルスならば、がんの治療に活かすこともできるのです。
ウイルス療法は日本だけでなく、世界で注目を集めており、各国で鎬を削って日夜研究が続けられています。後ほど詳述しますが、今回承認されたG47Δは、単純ヘルペスウイルスⅠ型の三つの遺伝子を改変したもので、「第三世代」と呼ばれています。単純ヘルペスウイルスⅠ型の遺伝子のうち一つを改変したものを「第一世代」、二つを改変したものを「第二世代」と呼びますが、それらと比べても、この「第三世代」は安全性を格段に高めながらも、がんへの攻撃力を強めることに成功しました。いわば、最新型のウイルス療法薬です。この第三世代のがん治療用単純ヘルペスウイルスⅠ型が実用化されたことも、世界初の快挙なのです。
私が、このG47Δの開発を始めたのは二十六年前のことです。二〇一二年に、それまでの成果をまとめた『最新型ウイルスでがんを滅ぼす』(文春新書)を上梓しましたが、この時点では実用化には至っていませんでした。それから承認まで九年。「一日でも早くG47Δを患者さんのもとへ」という私たちの望みが、ようやく叶ったのです。
本書は、旧版の『最新型ウイルスでがんを滅ぼす』に、G47Δが承認に至るまでの臨床試験(治験)の結果(第五章)、日本の薬事行政の課題(第六章)を新章として加え、全面的に加筆した増補改定版です。
あらゆる固形がんに治療効果が
「G47Δは、今後さらに研究が進めば、ほかの多くのがんにも効果が期待できます。なるべく早い段階で、いろいろな種類のがんの患者さんを対象に臨床試験を行ない、データを積み上げたいと思っています」
G47Δの正式承認に先立って六月十日に開いた記者会見で、私はこのような話もしました。
G47Δは、脳腫瘍だけでなく、あらゆる固形がんの治療に同じメカニズムで同じ効果をもたらすことが、すでにわかっているのです。
ホルモン療法が効かなくなった前立腺がんと、アスベストが主原因の進行性の悪性胸膜中皮腫については、すでに第Ⅰ相(フェーズ)の臨床試験を終えており、それぞれ良い結果を得ています。ほかに、進行性の嗅神経芽細胞腫(においをかぎ分ける神経にできるがん)の患者さんを対象とした第Ⅰ相の臨床試験を継続中です。
いずれの試験でも、患部や腫瘍内にG47Δを繰り返し安全に投与できることが確認されています。これらの臨床試験については、第五章で説明します。
今後、G47Δは、脳腫瘍以外のがんにも適応が拡がることが期待されています。実際、承認が報じられた直後から「脳腫瘍以外にも使えますか?」という問い合わせが非常に多く、この薬に対する期待の大きさをひしひしと感じました。
今回の承認はゴールではなく、がん治療の未来に向けての新たなスタートです。他のがんへの適応拡大が一日も早く進み、多くのがん患者さんがG47Δを使えるようになることを目指して、私たちの研究はこれからも続いていきます。
本書は、ウイルス療法薬とは何か、それがなぜがんに効くのかを記したものです。
この本を通じて、がん治療の現状とウイルス療法への理解を深めて頂きたいと、切に願っています。
(「まえがき」より)
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