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新春対談 浅田次郎×春風亭小朝 読む聴く菊池寛の義理人情

新春対談 浅田次郎×春風亭小朝 読む聴く菊池寛の義理人情

聞き手:「オール讀物」編集部

出典 : #オール讀物
ジャンル : #小説

短編「マスク」は予言していた?

 小朝 予言じゃないですけど、菊池さんの短編「マスク」が、コロナ禍で話題になりました。

 浅田 スペイン風邪のあとの話で、いまでも通用しますよね。帽子かぶってマスクすると、面が割れない。助かったって言ったら語弊がありますけど、コロナの前は、夏になると、マスクで顔を隠せなかった。今は神田の書店街を堂々とマスク姿で歩けるもんね(笑)。

 小朝 渋谷あたりには、コロナの前から、マスクをかけている若者もいました。こっちからだけ向こうが見えるのがいいって。

 浅田 世の中、美人だらけになっちゃってさ(笑)。なんであんなにマスク美人がいるんだろうね。よく考えたら、目って、いくらでも化粧をできます。口はダメ。

 小朝 マスク美男子もいますよ。阪神タイガースの矢野監督なんて、真田広之さんみたいですよ。

 浅田 で、どうするんだろう。男と女が会ってさ、キスしようってときにマスクを取って、愕然としちゃって。

 小朝 何もしなかったりして(笑)。

 浅田 口もとに知性が出るって、よく言うよね。本を読まなくなってから、口がゆるんでる人間が多いのは、確かなんだと思うな。

 小朝 そうかもしれません。

 浅田 菊池寛というのは、スペイン風邪を目の前で見ているし、関東大震災も戦争もくぐり抜けています。

 僕はスペイン風邪のデータを持っているんですよ。「天切り松」を書くときに資料を集めましたから。スペイン風邪って、ある日突然、噓のように収束したんです。当時はワクチンもないし、抗生物質もほとんどない。関係あるとしたら、マスクかもしれないよね。日本人はマスクをなかなか取らないから。あとはウイルスの都合だよ。宿主である人類といたちごっこなんだろうな。

『マスク』(菊池 寛)

 

「藤十郎の恋」のハードル

 小朝 最後に浅田先生のご意見を伺いたいんですけど……。

 浅田 なんでしょうか。

 小朝 僕はね、菊池寛さんの作品と僕の落語小説をならべた本を出すのが夢でした。それが実現するんですけど、いまひとつ、大きな壁が残っています。「藤十郎の恋」を演(や)りたい。何度か挫折しているのでケリをつけたいです。

 昔から江戸は荒事、上方は和事で、坂田藤十郎は元禄時代に和事を完成させた千両役者ですよね。舞台を強引にこっちに持ってきて、江戸の役者でちょっといいのが和事も得意ってことにして、芸のために人妻を口説く設定にできなくはないけれど……。江戸に置き換えると、上方の雰囲気がなくなってしまいそうで。

 浅田 うん。難しい問題ですね。

 小朝 小説だと説明があるので、イメージがふくらみますよね。落語でやるとしたら、会話で補わなきゃならない。どういう口説き文句を足していったらいいのか。人妻が亡くなったのを藤十郎が知った時の感情を、お客さんにどう伝えるのか。サゲはどうするんだってこともあります。いくつもハードルはありますけど、非常に厄介でして、これを終わらせないと、自分の中で終わらない感じがあるんですよ。

 浅田 菊池寛なら、自由に演れって言うでしょうね。換骨奪胎してストーリーが変わるっていうのは、小説家にはさほど抵抗がない。映画にするとなったら、どうやっても2時間の尺にされちゃうじゃないですか。短編なら継ぎ足されるし、長編ならカットされます。

 舞台やテレビもおんなじで、それには慣れてるんですけど、言葉の問題には神経質な人が多いですね。

 小朝 極端な話、江戸の役者さんの話にしちゃってもいいんですよ。そうすると、また問題が出てくるんです。

「藤十郎の恋」は、上方の言葉でかなり得している部分があります。それを取っ払って、女の人を口説いたとしても、原作の雰囲気が出ない。今の役者さんだって、役のために、似たようなことをしている人がいるかもしれません。ただし、小説ならともかく、あの口説きの場面だけで何かをつかむっていうのを落語で表現するのは、なかなかむずかしいですからね。

 浅田 何か障害が現れそうな気がします。

 小朝 ですよね。

 浅田 僕はね、わりと方言を多用するんです。方言って、その言葉を使う土地の気性が宿ります。江戸弁には昔ながらの東京人の気性が宿っているんです。方言が破壊されると、その気性も破壊されます。江戸前のダンディズムは、言葉が破壊されてなくなりました。

 言葉は敏感で、風土とともにあるものだから、とても怖い。師匠のおっしゃることはわかるけど、「藤十郎の恋」はどうしましょうか。そこまで考えていたら、演らぬ手はないと思いますけど。

 小朝 すっきりしないんです。宿題みたいに残っていて。

 浅田 僕は高座を見たいですね。

 小朝 ありがとうございます。

 浅田 いずれにせよ、小朝さんのような落語の天才が、菊池寛の小説に興味を持ってくれて、現代によみがえらせてくれるっていうのは素晴らしい。

 いや、草葉の陰でよろこんでいると思いますよ。菊池さん。


(「オール讀物」1月号より)

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文春文庫
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