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新春対談 浅田次郎×春風亭小朝 読む聴く菊池寛の義理人情

新春対談 浅田次郎×春風亭小朝 読む聴く菊池寛の義理人情

聞き手:「オール讀物」編集部

出典 : #オール讀物
ジャンル : #小説

『菊池寛が落語になる日』(春風亭 小朝)

女房って、超能力者だから

 浅田 お葬式の話や、お見舞いの話もありました。おもしろいですね。

 小朝 菊池寛の小説のタイトルは「葬式に行かぬ訳」で、あの噺(はなし)、けっこう共感される方が多いようです。高座でやっていても、男性のほうが笑いますね。葬式に行きたくない人、たくさんいるんでしょう(笑)。お見舞いの話は「病人と健康者」で、お見舞いに来られて迷惑な気持ちとか、行くほうの優越感とか、そこに寄っていくとおもしろい。実際、落語界あるあるで、偉い師匠だからとりあえず行かなきゃとか、もう死んじゃうかなって思うとか、そういう心理を、菊池さんは書いています。

 浅田 繊細だけじゃなくて、“負の論理”がありますよね。松本清張は菊池寛の小説をよく読んでいたんじゃないでしょうか。清張さんの“悪の論理”って、犯罪者の事情を好んで書くのがおもしろい。菊池寛も、できれば見舞いって行きたくないって、はっきり書いちゃう。実は、みんなそうなんだ(笑)。心の中で思っているけど、けっして言わなくて。

 小朝 小説に書くことで、自分が救われているんじゃないですか。

 浅田 それが本音ですよね。義理堅かったんじゃないかな。ほんとは嫌々やってたと思うけど。

 小朝 嫌々やってたんだろうし、いろいろと思っていたんでしょうね。お見舞いに行って、ベッドの上の友人は笑っているけど、そんなに喜んでないぞって。

 浅田 学生時代の親友なら迷わず行くけど、会社の中にはいろんな人間関係があるから、できれば行きたくないとか、わかるんですよ。そういう気持ちは。

 小朝 わかりますね。

 浅田 師匠は東京人だから、おわかりですよね。めんどくさい(笑)。東京の人間は、めんどくさいのが嫌いなの。その最たるものが、結婚式と葬式とお見舞いで。

 小朝 こういうシチュエーションを書いた小説って、他にありますか?

 浅田 ないことはないと思うけど、菊池寛の場合、上手なのは、どこまでが自分の経験談で、どこまでが作った話で、どこまでが借り物か、その借り物も、どこから取ってきたのか。民話なのか、外国の小説なのか、誰かから聞いた話なのか……。そういう組み方がバラエティに富んでますよね。アンテナを張り巡らせていたと思うし、頭も柔軟でした。

菊池寛

 小朝 妻の直感の話も怖いです。菊池さんの小説は「妻は皆知れり」。

 浅田 女房って、超能力者だから。

 小朝 脳科学の先生が教えてくれたんですけど、右脳と左脳を、女性はいっぺんに使えるんですって。想像と分析を1瞬のうちにするんだから、鬼に金棒ですよ。しかも匂いに敏感で。

 浅田 必ずバレる(笑)。

 小朝 「時の氏神」も夫婦の物語で、吉本新喜劇みたいな話でした。あれは落語にしやすかったですね。ありがたいのはサゲ(オチ)がない。菊池さんの小説って、わくわくするじゃないですか。で、いっぱい考えるんですよ。サゲどうするんだって……。小説はサゲがなくて終わるのがほとんどで、こっちにするとラッキーです。サゲがついていると、それを尊重しなければならないけれど、サゲがないので、こちらでつけられます。

 浅田 「好色成道」も寄り道なしですね。ストレートに話が進行します。

 小朝 エッチしたいばかりにがんばって修行するんだけど、女性のハードルが上がっていくっていう、それだけのことですけど(笑)。男の馬鹿馬鹿しさですよね。女性の誘惑に負けて。お坊さんが滑稽であるというのは、笑いとしては作りやすい。最初が硬派なので、パッと軟派にすると、おもしろくなります。

 浅田 主人公が化かされずに、自分で気がつきます。あれが仏様だと言い切らないのが、小説家の上手なところですね。お坊さんがあとで勝手に言っているってところに現実味があって。

 小朝 親近感というか、“こういうことあるよね”っていう感覚があります。落語には意外と少ないんです。

 

傷つかないふりをしてるけど

 小朝 「入れ札」は、僕が落語にした一作目で、一瞬にしてパッとアイディアが浮かびました。

 浅田 国定忠次が逃げているとき、誰を連れていくのかを入れ札で決めるっていうのは、オリジナルな発想だと思います。だって、選挙でしょ。民主主義が前提だから、江戸時代にはありえない。指名か話し合いになります。菊池寛は選挙に出馬した経験もありますから。

 小朝 あれは浅田先生の「天切り松 闇がたり」シリーズがベースにあるんです。あの語り口というか、読んだときの記憶が、どこかに残っていたんでしょうね。こういうふうに作っていったらどうだろうって、一瞬にしてよみがえりました。ここでウッドベースを鳴らして明転しよう、ここでカットバックしてサスペンスタッチにしようって、同時にイメージがわいて。

 浅田 ありがたいですね。

 小朝 ピンスポットの世界で、いろんなイメージがふくらんでいく。菊池さんの「入れ札」は、芯の部分で共感できます。たくさん弟子がいる場合、みんな平等なのかっていうと、そうはいかない。序列もある。逆の立場で自分が弟子になったら、師匠から見て何番目なのかなって思いますし。

単行本
菊池寛が落語になる日
春風亭小朝

定価:1,760円(税込)発売日:2022年01月11日

文春文庫
真珠夫人
菊池寛

定価:935円(税込)発売日:2002年08月02日

文春文庫
マスク
スペイン風邪をめぐる小説集
菊池寛

定価:682円(税込)発売日:2020年12月08日

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