浅田 小朝さんの「入れ札」は(立川)談志さんの話から入っています。談志さんも亡くなって、何年になるだろう。
小朝 十年ですか。最近の若手は、談志師匠の高座を聞いてないんですよ。(古今亭)志ん朝師匠も聞いていない。
浅田 生で聞いてないんですか。
小朝 談志師匠が亡くなる1年ぐらい前に楽屋に行ったら、前座さんが「あの人誰ですか?」って言ったっていう話があるぐらいで。
浅田 えー!
小朝 そんなになっちゃったの、みたいな感じです。談志師匠はたいへんな人たらしでした。魔法使いですから。
浅田 今でもおぼえているのは、東横の落語会を聞きに行ってさ、席がざわざわしていたら、声が小さくて聞こえない。わざとやってたのかな。
小朝 わざとですよ。
浅田 前でぼそぼそしゃべってんだけど、静まるのを待ってるんだね。こっちは何やってんだよって思ってんだけど、おもしろい芸だって、あとから気がついて。
小朝 何度もありましたよ。聞こえねえぞっていうヤジが。
浅田 いつもやってたんですか?
小朝 いつもです。聞こえねえぞ、となって、ひとりくらいは我慢してるんだけど、もうひとり、聞こえねえぞ、となってくると、じゃあ、1回幕閉めるから、嫌なら帰れって。
浅田 えー(笑)。
小朝 で、幕閉めて。
浅田 ほんとに閉めちゃった。
小朝 聞こえねえぞって言った人は帰りますよね。何人かはパラッと立つんですけど、それで開けさせて、残った人のために大熱演ですよ。そういうときの高座はいいんです。
浅田 2度と来ねえぞって人も、いるだろうな。
小朝 菊池さんじゃないけど、談志師匠も繊細で、とんでもない人たらしだけど、ちょっとしたことに傷つきます。傷つかないふりをしてるけど。
浅田 でしょうね。
小朝 何に傷ついたのかを、いつまでも覚えています。逆に、なんでうれしかったのかも記憶してるから、そのときの相手の心理も読める。で、みんな、参っちゃいます。
浅田 菊池寛の小説で言うなら、人間を書くということに卓越しているんだろうね。作家はみんなそうでなければならないんだろうけど、菊池寛はとくに生々しい人間を書いています。横光利一とか、すごく影響を受けていると思うな。人間観察眼が似ています。
短編小説の流儀とは
小朝 菊池さんは短編小説を、はやいと2日ぐらいで書いたらしいですけど、そんなに書けるものですか?
浅田 短編は、一気呵成に書いたほうがいいですね。僕は同じ流儀ですから、30枚から50枚ぐらいのものなら、だいたい2日か3日で書きます。緩むのが怖いんですよ。テンションが落ちちゃうのが。
小朝 書いてる途中で、違う発想が生まれたり、話がふくらんで別にいっちゃうことはないですか。
浅田 人によって違いますよ。菊池寛は、完全に設計図を引くタイプではないと思います。僕はきっちりと考えてから書くタイプで、字にはけっして書かないけど、頭の中では最初から最後まで、少なくとも最初の1枚か2枚は文章まで完全にできてないと書き出さない。時間をかけちゃダメだと思うんです。やっぱり短編は、途中で息を入れちゃうとうまくいかない。
短編小説と長編小説って、百メートル走かマラソンかっていう話です。体型や骨格にも向いてる向いてないっていうのがあるように、どちらかなんですね。菊池寛は、筋肉が短編型だと思います。そういうタイプの書き手は、2、3日で書き切っちゃう。途中で息を入れると、そこでおさまっちゃうから。
小朝 書いていて、何か違うことに集中しなきゃいけなかったら、もうアウトってことですよね。
浅田 僕は書いているとき、返事もしません。メシ食えって言われても食わないし、トイレぐらいは行くけど。
小朝 一気にゴールで。
浅田 一気にいかなきゃ。高座だって途中でトイレはないでしょう(笑)。完全に壊れちゃうじゃないですか。それと同じですよね。
小朝 調べ物がいるときは、事前に調べておいて、やるんですか。書きながら調べることはなくて。
浅田 多少はありますよ。漢字も忘れちゃうから(笑)。ずっと原稿用紙でしたけど、ほんとはパソコンでやりたい。登場人物の名前とか、ぜんぶ忘れちゃうんだもん。だから座敷で書くしかない。地図や資料が360度置いてあって、それを見ながら、書いていくから。
小朝 菊池さんの場合、資料がいるようなものでも、短い間に書いちゃったわけですよね。
浅田 ものすごい知識があったんでしょうね。それなのに細かい言葉にこだわらない。精密な言葉を使うのは、好きじゃなかったんでしょうね。
そこは芥川龍之介と正反対です。芥川はスタイリッシュな人だから、名文家ではあるけど、菊池寛を名文家だという人はいません。粗削りに見える。そのへんも清張さんに似ています。読み終わってみると、素敵だな、いいなって思う。心に残るものがあるんだ。
菊池寛が名文を書いたら、伝わらないかもしれない。いつの時代でも普遍的なものを書いていて、そこは見習うべきだと思いますよ。地味かもしれないけど、流行におもねったことを書かない。だから古くならないんです。
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