抜群のナビ能力?
澤田 私、20代後半は体調不良で、フルタイムでは働けないなと思ったんです。人と関わるのも辛い中で何ができるかなとなった時に、手持ちのカードを並べてみたんです。歴史は好きだし、やりたいなという思いがあって、それなら今書いているものよりももう少し踏み込んで小説を書こうと思ったんですよ。ちょうど携帯とインターネットが一般化して、世界はどんどん変わっていくし、現代小説は自分には書けないなとも思ったし。ただ歴史小説も江戸ものや戦国ものを書いている方はいっぱいおいでだから、そこと食い合うのは嫌だと。誰とも戦わずに済むところを探した結果、当時は書いている方が少なくて、なおかつ自分が大好きな古代に行こうと。その時の担当編集さんが、「古代で失敗したら江戸をやればいいじゃないですか」とも言ってくれたんです。
佐藤 ダカールラリーのナビを任せたいくらいに道選びの才能がありますね。確実に勝てるナビですよ。ナビゲーション能力がすごく優れてらっしゃいます。
澤田 私はどちらかというとわき道にそれていくタイプなんですけどね。わき道にそれて、隘路(あいろ)に入ってここまで流れ着いたみたいなところはあって。今でも小説家以外の、他の人生があったんじゃないかと思っていますし。そんな中で、できることと好きなことをなるだけコストパフォーマンスよくやってきた結果が古代を舞台にした小説だったわけです。
佐藤 なるほど。ところで、編集者の勧めが転機になることって確かにありますよね。僕は群像新人文学賞で優秀作をいただいてデビューしたんですが、ずっと鳴かず飛ばずだったんです。ある時、パーティーで編集者に新作の話をしたら「乱歩賞に出したらいいんじゃない?」と言われて。それでゼロから再出発して、一次選考を通過して、誌面に名前が出たので、純文学の世界に帰ってこいと誰かが言ってくれるかなと思ったんですけど、誰からも言われない(笑)。「俺は忘れられたんだな」と現実を悟りました(笑)。ただ、すっかり忘れられているというのは、同時に自由な状態でもありますよね。
澤田 そのときにデビュー時の佐藤憲胤から今の名前にペンネームを変えたんですか?
佐藤 二度目に応募した時は、完全にいじって、「犬胤究(けんいんきわむ)」というヘンチクリンな難しい漢字にしたんですよ。でも乱歩賞を受賞した直後に、選考委員の今野敏先生が「君のペンネームは書店さんが注文の時に書きづらいだろう。発注しやすい名前にするように」と助言をくださりまして。あと、「佐藤という苗字は意外とエンターテインメント作家には多くないから、苗字を佐藤に戻しなさい」と。それまで僕のいた純文学って、新人はそんなにセールスの数字を背負わされない世界なんですよ。今野先生の「書店が発注しやすい名前に」という考え方を聞いて、これがエンターテインメントのトップの発想なんだな、と驚きました。
澤田 作家の先輩からいただいた言葉でびっくりすることはありますよね。私はデビュー作で中山義秀文学賞という賞をいただいて、大人になってから親以外の小説家にお目にかかったのがその授賞式の場でした。そこで前年受賞者の上田秀人先生から、「澤田さんはええねえ」と言われて、何が? と思ったら、「業界が僕と絡まへん」と。「僕は江戸や戦国を舞台とするものを書いているけど、澤田さんは古代。お互い、作品舞台がかみ合わへんから平和やね」と言われて、「な、なるほど」と。歴史小説家って、泳げる海は歴史の中だって決まってるわけじゃないですか。その中で、作品世界がなるべくかみ合わないようにという工夫があることを知ってビックリしましたね。
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