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第165回直木賞受賞記念対談 佐藤究×澤田瞳子「1977年9月生まれのふたり」

第165回直木賞受賞記念対談 佐藤究×澤田瞳子「1977年9月生まれのふたり」

聞き手:「オール讀物」編集部

出典 : #オール讀物
ジャンル : #小説

両作は“お仕事小説”

 佐藤 『星落ちて、なお』についてお聞きしたいんですが、この作品の主人公はどのようにして選ばれたんですか?

 澤田 以前から天才の家族が面白そうだと思っていたんですよ。河鍋暁斎って暁翠という娘が居て、この人苦労なさったんじゃ、と興味を持ちました。単に関心を持っただけで、書きたいという感情とは全然別だと思うんですけど、担当編集者さんが「じゃあそれで行きましょう」と。

 佐藤 暁斎のことは学術的なキャリアの中で知ってらしたんですか?

 澤田 うーん、存在自体はいつの間にかなんとなく知っていた感じです。ただ暁斎って少し前まで、関西では比較的マイナーな画家だったんですよ。それが二〇〇〇年代に京都で開かれた大規模な暁斎展で様々な作品を見て、何でも描ける天才だなあとつくづく驚きました。

 佐藤 暁斎といえば妖怪画が有名ですけど、妖怪画は娘のとよさんは描かなかったんですか?

 澤田 たぶん描いてないんじゃないかな。とよさんはお孫さんからのお話を聞いても、起きた出来事から推測しても、真面目でおだやかで我慢強い人なんですよね。ところが、暁斎って、なんで見てないはずのものをこんなにうまく描けるんだろうみたいな――人力車を引く蛙とか、踊る猫とか、あの想像力はとにかく不思議です。見えないものをさも現実のもののように描く力は他の画家とは桁違いだと思います。

 佐藤 僕は、妖怪大好きなんですよね。それで京極夏彦さんの家へも時折伺ったりするんですけど、京極さんの見えないものを書く力はハンパないですよね。

 澤田 世の中にはそういう方が一定数おいでなんでしょうね。見えるものが多いというのはうらやましいです。

 ところで『テスカトリポカ』は、福岡が舞台でもよかっただろうところを、関東圏に寄せられたのは?

 佐藤 福岡でどうかとは編集者さんからも言われたんですけど、自腹で地元に泊まってロケハンして、これはちょっとできないなと。地元で育った人間だと分かると思うんですけど、感覚的なことで言うと、吹いている風が作品の世界観と違う。それから地政学的なことです。福岡というのは九州一の繁華街で、ビジネスをやるところなんですよね。そこでドンパチはやらないだろうと思うんです。だとすると、北九州という選択があるんですが、そもそも国外の勢力が容易に入ってこられるような土地ではないですよね。川崎を舞台にした場合、まず巨視的にはメキシコのアカプルコなどと同じ太平洋を挟んでいるので、どちらも太平洋の風を感じられるんです。福岡では玄界灘になってしまいますし、戦いが起きるとしても、東アジア諸国の影響力がより強い展開になる。いろいろ考えて川崎に取材に行ったら、今回の作品に条件がどんぴしゃりだったんですね。

 澤田 なるほど。

 佐藤 『星落ちて、なお』も『テスカトリポカ』も実はお仕事小説ですよね。みんなが自分の仕事を一生懸命やっているだけなんですよ。それが正しいか間違っているかはともかく、暁斎もバルミロも変わらないし。そこが面白い。別にフラフラしてるわけじゃなくて、仕事は一生懸命やっている。それぞれの職務を全うしているだけで、ただその方向性が時に間違っているというか。

 澤田 善悪の概念を入れると話がややこしいですけど、そこを差っ引くと裏社会を舞台にした創作物って、ほとんどお仕事の話ですもんね。私、いつか歴史上の反社会的勢力の小説を一本やりたいなと思っているんですよ。佐藤さんは、今後書きたいものはどんなものですか?

 佐藤 今はオーダーに応じて考えてるだけですね。仕事ってなさすぎても駄目だし、ありすぎても大変じゃないですか。水と一緒だと思ってるんです。水がないと死んじゃいますけど、ありすぎても溺れてしまう。何とかのんびりできるような、追い立てられないで書ける状態を常に探っています。僕、自分は編集側に向いてるんじゃないかなと思うんですよ(笑)。帯のコピー作りにも参加しますし。僕が誰かをプロデュースしたほうが面白いなとか、たまに思ったりもします。タイトルとかコピーを考えるのは楽しいですよね。だけど推薦文はやりたくない(笑)。作品のタイトルでやり直しがかかったことはなくて、だいたい一発で通ります。勝手にしろ、と見放されているのかもしれませんが(笑)。

 澤田 私は、タイトルが悪いというお説教を葉室麟さんから受けたことがあるんです。『腐れ梅』という本を出版した直後に、酒場で一生懸命話をそらしても、また話が「あのタイトルはよくない」に戻る。「もっと人様がリビングに置いて美しいなと思えるような本を作れ。『腐れ梅』って何だ」と。亡くなられてから、「ああ、一面では確かにな」と。完璧に守れるとは思ってないけれど、たまにちゃんときれいなタイトルの本も作ろうと考えるようになりました。

 佐藤 書くのは楽しいんですけど、マーケットで勝負してると、ある程度、セールスとかを背負うことになるじゃないですか。それが面白いと思える間だけはやろうと思いますけど。数字ばかりが先に来ると、それはきついし、おかしくなっていきますよね。そこは自分に問いかけながらやっていかないと。

単行本
星落ちて、なお
澤田瞳子

定価:1,925円(税込)発売日:2021年05月12日

単行本
駆け入りの寺
澤田瞳子

定価:1,925円(税込)発売日:2020年04月27日

文春文庫
若冲
澤田瞳子

定価:825円(税込)発売日:2017年04月07日

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