実名で名乗り出るという伊藤さんの決断によって、ようやく日本社会のあり方が変わりつつある。起きてはならないことが方々で起きていて、でもそれを口に出せない空気があった。性被害への未熟な認識が放置されてきた。個人の問題に矮小化し、男女の問題は確かに問題なんだけど他にもっと重要な問題があるよねと、身勝手に後ろに追いやられてきた。私も男性として自覚しているが、男性優位社会は、集団の中に染まることを好み、群れで意思決定することを好み、自分の責任を薄める。そうやってもたれ合う社会が温存されてきた。圧倒的多数の中にいると、人は安堵する。自分が優位でいる社会を変革しようと試みる人は少ない。でも、その傍観によって、人が傷んでいる。そして、傷み続けてきた。
「事件を『乗り越える』という言葉がよく使われます。『もう忘れて、乗り越えて』と、私自身それを何度も、しかも近しい人からも言われたことがあります。でも、『乗り越えるものじゃないんだよな』と思うんです。友人も、家族も、ましてや加害者もいるこの世界で日々一緒に生きていかないといけない。だから、ジャーナリズムにおいても、『事件が起こって報道したら終わり』ということではないですよね。一緒に生きていってどうするか考えていきたい」(伊藤詩織『「MeToo」が忘れ去られても、語ることができる未来に向けて』「現代思想」二〇一八年七月号 特集・性暴力=セクハラ)
事実が示されている。でも、示されている事実に、そうではないだろうと突っかかっていく声がずっと残る。それをいちいち取り除かなければ、そこに示されている事実が隠れてしまう。砂をかければどんな事実だって汚れる。砂を取り払う作業を、事実を示した人の作業にしてはいけない。それには、メディアの責任感、ジャーナリズムの力、あるいは、私たち個人の異議申し立てが問われる。
忘れる必要はない。乗り越える必要はない。伊藤さんはそう言う。伊藤さんに向けられた誹謗中傷は、悔しいことに、すぐにアクセスできる場所に転がっている。例示したくはない。この文庫本が出れば、同じような流れに向かうのだろう。伊藤さんが動けば、意見を表明すれば、非道な言葉をぶつける人が出てくる。そこに理由なんてないのだ。「なんか怪しいらしいじゃん」という不確かな情報に基づいて、そのうち、「なんか」や「らしいじゃん」を削って、「怪しい」で固めてしまう。
延々と繰り返される。山口氏や彼を支援する人たちの、止まらぬ言説を目にする。伊藤さん個人の問題に帰着させようとする腕力が恐ろしい。強引に矛盾点を作り出す。山口氏は伊藤さんへのメールに書いていた。「あなたが普通に食事して普通に帰ってくれたら何も起きなかった」(傍点引用者<*>)。被害者の落ち度を探し、あなたが普通であればこんなことにならなかった、と迫っていた。
許してはいけない出来事を許してはいけない。いろいろ付着させて、物語を改変しようとする動きがある。その動きがある限り、取り除かなければいけない。取り除く作業をするべきは伊藤さんではない。私たちである。延々と誹謗が繰り返されるのならば、延々と誹謗を取り除かなければいけない。そうはいっても。どっちもどっち。こういう芽を摘み取り続ける責務が私たちにはある。
<*>傍点部分を太字に置き換えています。
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