- 2022.02.18
- 特集
『愛の不時着』、『トッケビ』、『海街チャチャチャ』…「世界で勝てるコンテンツ」を生み出す韓国“元サムスングループ”のスゴさ
文:菅野 朋子
『韓国エンタメはなぜ世界で成功したのか』(菅野 朋子)より #1
ジャンル :
#ノンフィクション
近年、韓国発のエンターテインメントの世界的な活躍のニュースは毎日のように目に入ってきます。7人組ボーイズグループBTSの国連でのスピーチやパフォーマンス、Netflixドラマ『イカゲーム』や『愛の不時着』の世界的ヒット。
その韓国エンタメ産業の躍進は、実は韓国社会の変化と大きく結びついています。90年代後半、日本の大衆文化ファンの韓国の若者たちをルポし、現在もソウルに住み文春オンラインに韓国をめぐるニュースを執筆するノンフィクションライター・菅野朋子氏は、新著『韓国エンタメはなぜ世界で成功したのか』(文藝春秋)で、その韓国エンタメの世界席巻に至るあらましと、いまなお残る前時代的な闇を、様々なエピソードを交えながら、わかりやすく解説しています。ここでは同書から、韓国エンタメ界における重要なピースについて抜粋、紹介します。(全2回の1回目/後編を読む)
◆ ◆ ◆
韓国エンタメ界の雄、CJグループとイ・ミギョン
2010年代に入ると、映像に限らず、韓国のエンタメ産業を牽引する企業が生まれた。「CJ ENM」だ。
CJ ENMは、財閥CJグループの企業。韓国のエンタメ産業の現在を語るのに、このCJグループは外せない存在だ。
CJグループは、食品やそのサービス、生命工学、流通、エンタテインメントを四大事業としている。その中心企業である第一製糖(韓国語でチェイルジェダン。頭文字をとってCJとなった)は、もともと現代韓国を代表する巨大財閥サムスングループの企業だった。
植民地時代にイ・ビョンチョル氏が設立したサムスンは小さな商社から身を起こし、朝鮮戦争後、製造業に関わるようになった。そのときつくられた最初の企業が、第一製糖だった。
長男が後継者とならなかったことは韓国では異例なこと
同社は韓国で大成功を収め、現在も韓国国内の砂糖生産のシェアのおよそ5割を握っている。1995年に筆者が韓国留学していたころは、「砂糖の会社」の印象がまだ強かった。
この第一製糖は1993年にサムスングループから分離することになり、97年に完全に独立して新たにCJグループとなる。そこにはサムスン創業者一族の後継者問題をめぐる背景があった。
サムスングループを起こしたイ・ビョンチョル氏には、3男5女がいた。87年に他界したビョンチョル氏の後、同グループを継いだのは、そのうちの3男、2020年に亡くなったイ・ゴンヒ氏だ。長男のイ・メンヒ氏(故人)がサムスングループを継ぐことはなかった。
長男が後継者とならなかったことは韓国では異例なことで、当事者たちも思わせぶりな言葉を残して物議をかもしたが、そのメンヒ氏の長男、イ・ジェヒョン氏(現CJグループ会長)が、サムスングループから分離しCJグループを作った。
1960年生まれのイ・ジェヒョン会長はイ・ビョンチョル氏の男の初孫として、ビョンチョル氏に幼い頃から厳しく教えられ、「リトル・イ・ビョンチョル」といわれたという。
エンタメ事業に関わろうと考えるようになったきっかけ
製糖会社だったCJグループが、傘下のエンタメ企業で名前を知られるようになったのには、ひとりの女性の存在がある。
メンヒ氏の長女でジェヒョン氏の姉にあたる、イ・ミギョン同グループ副会長だ。
イ・ミギョン氏の存在は、韓国のエンタメ産業、とりわけ、映像や音楽においては圧倒的なものだ。
2020年にアカデミー賞を受賞した韓国映画『パラサイト 半地下の家族』(2019年)に投資したプロデューサー(肩書きは最高責任プロデューサー=CP)としても知られる。同作品への投資額は125億ウォン(約12億5000万円)。ちなみに同作品は日本だけで収益は45億円を突破している(2020年3月末時点)。それ以外にもポン・ジュノ監督の3作品に投資しており、『スノーピアサー』(2013年、米仏韓共同制作)には4000万ドル(約40億円)を投じている。
The iconic Park and Kim family homes in #PARASITE were designed and created from scratch on massive stages in Korea.
— The Academy (@TheAcademy) January 31, 2020
Over 1,400 VFX were used to bring these environments to life and over 130,000 gallons of water were used to flood the Kims' home in the film’s thrilling climax. pic.twitter.com/ZE257t5KL4
アカデミー賞受賞時の同賞のアカウントのツイート 「The Academy」より
このイ・ミギョン氏を支えているのが、彼女の弟イ・ジェヒョン氏だ。アカデミー賞授賞式の舞台に立ったイ・ミギョン氏は挨拶で、「共に夢を見て支援し続けてくれた弟に特別な感謝を伝える」と話し、その二人三脚ぶりが話題になった。
アカデミー賞授賞式の動画。3分30秒あたりからイ・ミギョン氏のスピーチ。 「Oscars」より
イ・ミギョン氏は、1958年生まれ。ソウル大学を卒業後、ハーバード大学大学院でアジア地域学を学び、その後、中国の復旦大学で歴史教育学の博士号を取っている。サムスングループのイ一族のひとりとして、最高の教育を受けてきた。
彼女がエンタメ事業に関わろうと考えるようになったのは、80年代の後半にハーバード大学大学院に在籍していた頃のことだという。アメリカで韓国という国があまりにも知られていなかったことに衝撃を受けたことがきっかけだった。