- 2022.03.25
- 書評
2022年の大谷は、「とんでもない結果を叩き出す」のか?
文:大越 健介 (テレビ朝日「報道ステーション」キャスター)
『大谷翔平 野球翔年 Ⅰ 日本編2013-2018』(石田 雄太)
ところが、石田はインタビュー本番に臨むときはいつも、練り上げた「設計図」をすべて頭から消すのだという。この日、8月29日もそうだった。手帳の2ページにわたって余白が見えないほどに埋めつくされた具体的な質問案を、一切捨て去ったところからインタビューは始まった。だから手帳はもう不要であり、与えられた30分間、そこに目を落とすことはなかった。それどころか、身ぶり手ぶりも一切しなかったという。
「大谷選手は人一倍敏感だから、こちらが手を動かせば彼の眼はそこに向かうんです」と石田は言う。大谷の集中力がそがれてしまう一瞬がもったいないから、石田は手すら動かさないのだ。
微動だにせず、まっすぐに目を見て質問を発する取材者の気迫に呼応するようにして、大谷はこの日、シーズン当初に抱いていた不安を初めて明かした。それは、このシーズンは二刀流のラストチャンスに違いないということ。つまり、投打の双方で誰もが認める結果を出さなかったら、少なくとも投手としての自分はエンゼルスから見切りをつけられるだろうという不安だった。
そのインタビューの内容は、おそらく遠くない将来、『大谷翔平 野球翔年II』として刊行されるであろう「アメリカ編」に掲載されるはずだから、ここでは詳細は省く。
ただ、注目したいのは、栄えあるメジャーリーグのMVPに輝いたこの年の大谷の大活躍が、二刀流選手として崖っぷちに立たされた本人の危機感から導き出されたのだという事実だ。いや、その事実が発掘されたということだ。それは、石田という真摯な取材者がいて初めて、大谷自身によって語られるに至った。その飄々(ひょうひょう)とした風貌からは読み取ることが難しい超一流選手の苦悩は、入念な準備作業をあえて捨て去り白紙で向き合うという、石田の手の込んだインタビューによって、やっと浮き彫りになったのだ。
石田が私に話してくれたことで、もうひとつ興味深かったことがある。
それは、この年のベストセラーとなったノンフィクション『嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのか』が話題にのぼったときのことだ。中日ドラゴンズの監督時代の落合博満を、スポーツ紙の落合番記者だった著者・鈴木忠平の視点で見つめた作品だ。謎めいた落合の言葉を反芻(はんすう)し、行動の意味を考える作業を通じて、著者は自分なりの落合像を結んでいく。
ところが石田は、「僕はそのやり方をしていないんです」と言った。
取材者である「私」の気づきを中心に展開されるノンフィクションは、ひとつのオーソドックスな手法である。石田によれば、スポーツの分野では沢木耕太郎や山際淳司といった人たちがその代表的存在であり、取材者である「私」を主語にして『嫌われた監督』を書いた鈴木忠平もその系譜に連なる。石田もライターとしての駆け出しのころはそのスタイルをとったが、別の道を選ぶことになったという。
「自分はこう感じたと主張しなくても、どのような質問を発するかというところに自分が出るわけです。だから、一問一答に落とし込んでいく作業がとても大事なのだと思います」
インタビュアーは取材対象の言葉を引き出すことに徹すればよい。その「獲れ高」だけで十分なノンフィクションを作り得るということだろう。
本書『大谷翔平 野球翔年Ⅰ』もまた、インタビューで引き出した大谷の言葉こそが主役であり、間を埋める石田の文章は事実の確認や補足の役割にとどめているケースが多い。一問一答をそのまま掲載した章も少なくない。
そうした手法は、実はテレビのディレクターとしての経験が反映されているのだと石田は付け加えた。テレビのドキュメンタリーは、切り取った映像と肉声が主役だ。タレントやキャスターがリポーターとなり、「私」を主語として番組を展開する手法は存在する。だが、番組全体にメッセージ性を持たせ、全体をコーディネートする役割のディレクターは、間違いなく番組の主役のひとりでありながら、「私」として登場することがほとんどない。
ただ、そんな石田が珍しく、自身の見立てを熱く語っている個所が本書にある。
大谷が日本ハムでの5年間を終えてメジャーリーグ・エンゼルスに移籍することを決めた2017年のシーズンオフ。大谷の最終決断の直前に石田はインタビューを行っている。
「周りが言うだけで僕は何も言ってないので……やっぱり100%、120%行くとならなければ言葉には出せません」と大谷は慎重な言い回しに終始した。一方で、日本ハムが投打の二刀流という環境を与えてくれたことに感謝を示し、「おかげでここまでけっこうすんなり野球をやってこられたので、今回のことは自分の中で大きな決断じゃないかなと思っています。もちろん不安もありますけど、行くとなったら、やるからにはトップへ行きたいというのは普通だと思います」と、石田に対し事実上の渡米宣言を行っている。
-
『リーダーの言葉力』文藝春秋・編
ただいまこちらの本をプレゼントしております。奮ってご応募ください。
応募期間 2024/12/17~2024/12/24 賞品 『リーダーの言葉力』文藝春秋・編 5名様 ※プレゼントの応募には、本の話メールマガジンの登録が必要です。