映画のエンディングで延々と流れるスタッフロールをあなたは最後まで見届けるだろうか。正直、私を含め、そそくさと席を立つ人が多い気がする。
しかし、そこに名前が記された人々のすべてに物語はあり、スタッフロールにクレジットされることを夢見て仕事に励む人もいれば重要な仕事をしたのに名前が出なかった人もいる。
『ベルリンは晴れているか』などで読者をあっといわせた深緑野分が新作『スタッフロール』の舞台に選んだのは、生き馬の目を抜くハリウッド映画の制作現場だ。旧世代と新世代、二人の女性が登場する。
マチルダ・セジウィックは1946年生まれ。幼き日、父の友人だった脚本家に〈ハリウッドは夢の製造工場だよ〉と聞かされ、アニメーション映画『ふしぎの国のアリス』に魅せられた少女が長じて飛び込んだのは特殊造形の世界だった。時は60年代、特殊メイクや特殊造形が必要なSFやホラーは子どもだましだとして低く見られていたが、ゴムや粘土や合成樹脂の匂いがするアトリエで作業するのは楽しかった。
79年、マチルダはかつての同僚と組んで独立する。特殊造形や特殊効果の転換点となった『2001年:宇宙の旅』から『スター・ウォーズ』の成功を経て、80年代は特殊メイク、特殊造形、特殊効果の黄金時代だった。業界関係者は技術を競い、マチルダも粘土を用いた実物大のクリーチャーの制作に励んだ。
が、技術革新はときに残酷である。まもなくCGの時代がやってきたのだ。CGを全面的に使った『トロン』にマチルダは感心できなかった。だからCGの制作会社への誘いも断った。
〈私はコンピュータ・グラフィックスを評価しない。あんな冷たくて無機質なもの、関わりたくもない〉
時は流れて2017年。二人目の主人公は1987年生まれのヴィヴことヴィヴィアン・メリル。VFXやCGを制作するロンドンのエフェクト・ハウスに勤めるアニメーターだ。
彼女は悩んでいた。30年前のある映画を3DCGでリメイクする仕事が舞い込んできたためだった。CGの全盛時代になっても手作りされた造形物に対する人々の憧れは強く、CGへの風当たりは強かった。最悪の選択だ、効率重視、金儲け主義のハリウッドが考えそうなことだ……。
映画に限らず、どんな業界でも80年代後半から今日までの技術革新には凄まじいものがある。出版界についていうと、私は活版印刷を知っている最後の世代で、その後の印刷技術はアナログからデジタルへの大転換を遂げ、その過程で失われた職種もある。
新旧のせめぎ合いの中で格闘するマチルダとヴィヴの姿は無名の技術者や職人すべてに通じる。自身の体験に引きつけて共感を覚える人もきっといるはず。映画史の一端にもふれられる誠実なお仕事小説だ。
ふかみどりのわき/1983年神奈川県生まれ。2010年「オーブランの少女」でミステリーズ!新人賞佳作に入選。13年に入選作を表題作とした短編集でデビュー。他の著書に『戦場のコックたち』『ベルリンは晴れているか』『この本を盗む者は』など。
さいとうみなこ/1956年生まれ、新潟市出身。児童書の編集者を経て、『妊娠小説』で文芸評論家に。近著に『挑発する少女小説』。
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