困難を抱えて生きていくことに求めるものがある
2019年、第99回「オール讀物新人賞」を「首侍」で受賞した由原かのん氏。単行本デビュー作には生きている首と旅することになった男を書いた「首ざむらい」(受賞作を改稿・改題)のほか、河童や猫又が登場する、ほんのりと不思議な空気を漂わせた3篇を収録。受賞後第1作はデビューから1年以上過ぎた「オール讀物」21年3・4月合併号に掲載された。
「最初に書いたのは、福井藩の話だったんです。でも、それ自体は没になってしまって。ただ、そこに登場した蜂の毒を使う忍者が面白いと担当編集者に言われて、彼を主人公に書いてみることになりました。ところが私は忍者のことは全然知らなかったんです」
そこで、資料を片手に、調べながら執筆に取り掛かることとなった。
「試行錯誤の繰り返しでした。よくわからないことを書いていいのか、悩みながらも調べて書く連続でしたが、編集者に早く忍者の修行を始めて物語を動かせと言われても、資料でも忍術をどう会得するのかの詳細はわからない。自分が見える世界と、求められている世界が違うんだな、とその時に思いました」
編集者が求めているのはピカレスクのようだが、それがうまく書けない。悩む日々が続いた。そのうちに担当編集者が変わり、「スガリ」「孤蝶の夢」という忍者を主人公にし2篇の物語が生まれた(単行本化にあたり両作を改稿し「孤蝶の夢」として収録)。
「単行本にむけては、不思議な江戸の話をさらに何篇か書くことになりました。すでに書いたものにも手を入れる必要がありましたが、なにぶん初めてですから、どこまで書き直してよいものかもわからない。編集者からは、自分の予想とは違う反応がきて、書いたことが伝わらないのが寂しいと思う反面、自分でも気づかなかった部分を見つけてもらえました。そのやりとりを繰り返して、作品が独り立ちしていくんですね。何作か書くうちに、これまで気づいていなかった、自分の核を振り返ることができました。ああ、わたしは、なんらかの困難を抱えて生きていくことに求めるものがあるのだと」
50代前半で作家を志した時に、周囲に決意を宣言したことで、由原さんの覚悟は決まったという。
「かつて応募した地方文学賞で選考委員を務めていた藤田宜永さんが、小説を書くということは裸になることだとおっしゃっていたんです。その覚悟ができれば、きれいごとではない真の気持ちを作品に叩き込める。それが人の心を動かすのだと思います」
よしはらかのん 1960年生まれ。福井県在住。2019年第99回「オール讀物新人賞」を「首侍」で受賞。22年同作を収録した『首ざむらい 世にも快奇な江戸物語』で単行本デビュー。
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