- 2023.01.31
- 文春オンライン
1年前に殺人事件が起きた踏切を調べる記者…「幽霊としか思えない現象」に遭遇した時、メディアはどんな対応をするか
大矢 博子
大矢博子が『踏切の幽霊』(高野和明 著)を読む
読者を興奮の渦に叩き込んだ傑作『ジェノサイド』から11年、待ちに待った高野和明の新刊である。
だがその印象のままページを開くと背負い投げを喰らう。確かに『ジェノサイド』は衝撃的だったが、高野和明の真骨頂は個別の作品よりも「書くたびに新しい」という点にあるのだ。
死刑制度を扱ったデビュー作『13階段』に始まり、タイムリミットサスペンスの『グレイヴディッガー』があるかと思えば、笑いと涙の『幽霊人命救助隊』が来て、その次はなんと恋愛ファンタジーの『夢のカルテ』と続く。そして壮大なSF『ジェノサイド』だ。
次は何を出してくるのかとわくわくさせられる。そして満を持しての新作はなんと、幽霊譚とリアルな社会派ミステリの融合だ。
舞台は1994年。主人公の松田は新聞記者だったが妻を病気で亡くして働く気力を失い、退職。今はほぼ惰性で、女性誌の記者をしている。
そんな彼に、幽霊が出ると噂の踏切の取材が命じられた。調べてみると1年前にそこで殺人事件が起きていたことが判明。犯人は現行犯に近い状態で逮捕されたが、行きずりの犯行らしく、殺された若い女性は身元不明のままらしい。
まずは女性の身元を調べ始めた松田だったが、それが思いがけず大きな悪を炙り出すことになる。
このくだりがまず実にサスペンスフルだ。魅力的な謎、苦労の末にようやく届いた手がかり、そこからの意外な展開。謎に迫っていく興奮が十全に味わえる。
と、ここまでなら硬派なミステリなのだが、興味深いのはその要所要所で幽霊としか思えない怪奇現象が松田や事件関係者を襲うことだ。ジャーナリストが徹底的にリアルを追求するミステリと幽霊譚。相容れないはずのふたつが互いを邪魔することなく、むしろ相乗効果をあげていることに驚かされた。幽霊としか思えない現象に遭遇した時、メディアはどのような対応をするかなどといった描写が物語のリアリティを増しているし、ネットが普及していない1994年という舞台には足で手がかりを集める興奮がある。
しかしミステリだけでも充分読ませるのに、なぜそこに幽霊譚をつけたのか? それこそがテーマだ。
妻を亡くしてから松田はずっと失意の内にいる。なぜもっと妻を大事にしなかったのかと悔やみ、もうこの世に妻がいないという事実を受け入れられない。
そんな男が、実際に死者の霊を感じることで喪失がさらに強く浮き彫りになると同時に、贖罪と再生への道を歩み始める様子が描かれているのだ。
なぜ私たちが幽霊譚を求めるのか。生をあきらめきれないからだ。不在を認められないからだ。その思いが幽霊譚に託される。切なくて、激しくて、そしてどこまでも優しい幽霊譚×ミステリである。
たかのかずあき/1964年、東京都生まれ。脚本家、小説家。2001年『13階段』で江戸川乱歩賞、11年『ジェノサイド』で山田風太郎賞と日本推理作家協会賞を受賞。阪上仁志との共著に『夢のカルテ』、他著に『K・Nの悲劇』『6時間後に君は死ぬ』など。
おおやひろこ/1964年、大分県生まれ。書評家。著書に『歴史・時代小説 縦横無尽の読みくらべガイド』などがある。
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