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介助犬の足が踏みつぶされそうに…自閉症の男性が抱いた“デモに参加する人たち”への疑問「自分を見失ってしまってるみたい」

介助犬の足が踏みつぶされそうに…自閉症の男性が抱いた“デモに参加する人たち”への疑問「自分を見失ってしまってるみたい」

ジョリー・フレミング,リリック・ウィニック,上杉 隼人

『「普通」ってなんなのかな 自閉症の僕が案内するこの世界の歩き方』より#1

出典 : #文春オンライン
ジャンル : #ノンフィクション

 5歳で自閉症と診断され、普通の小学校に入れなかったジョリー・フレミング。後に彼が高校と大学を卒業し、イギリスの名門オックスフォード大学で修士号を得ることになるとは、ジョリー本人ですら考えられないことだった。

 ここでは、そんなジョリーがインタビューで語った内容をまとめた『「普通」ってなんなのかな 自閉症の僕が案内するこの世界の歩き方』(リリック・ウィニックとの共著)から一部を抜粋。理解することが難しい他者の感情を、彼はどのように受け止めているのか――。(全2回の1回目/後編を読む

ジョリー・フレミングさん

◆◆◆

人が集まると、どうしてみんな怒りの感情に駆られるのか

 ジョリーは会話の中で、相手の表情や身振りをうまく読み取れない。それと同じで、人の感情がどんなふうに表現されるにしろ、それを感じ取って理解することもむずかしいようだ。

 だが、感情を理解しようとすることで、群衆はいかにして同じ感情を共有するかという実に興味深い観察をジョリーは試みることになった。どのようにして多くの人が「同じ感情に至る」ことになるのか、その過程に何があるのか、ジョリーは強い関心を持っている。たとえばたくさん人が集まると、どうしてみんな怒りの感情に駆られるのか? それは意識的なのか? それとも無意識というか、本能的に、何も考えることなく憤怒の感情を共有するのか?

ジョリー 僕は人の反応に気づいたり読み取ったりするのがうまくありません。いくつかすぐに感じ取れる感情はあるけど、大体それはネガティブな感情です。傷ついたり、怒ったり、こわがったりすれば、みんなすぐに行動に出ます。それ以外の感情はあまりはっきりしていなくて、反応がすごく遅くなる。

 たくさん人が集まると、すぐに全員が同じことを感じるようになる。何か変な感じ。何かが変わった、みんなそれまで怒ってなかったのに、今は怒ってる、みたいに感じるから。僕は全然怒ってないのに、今みんなは怒ってる。だからすごく変な感じ。10秒前と今のあいだに何があった? 僕はそのあいだに起こったことを見落としたのかもしれない。この人だかりの向こうのほうで何かが起こったのかもしれないけど、とにかく今はみんな怒っている。人がいっぱい集まっているからです。どうしてそうなるのか、すごく興味を引かれます。

 ある時オックスフォードで大きなデモに参加したことがあります。何が「起こっている」のか見てみたくて、参加したんです。そこにはデモに賛成する人も反対する人もいた。でもなんだかおかしいと思ったのは、どっちの側の人たちも対立してるのに同じ気持ちというか、同じことを感じているように思えたのです。そんなふうにみんなつながっていた。怖かったし、なんだか変だった。

リリック どんなふうに変だった?

ジョリー その気持ちはどこから出てきたの? いつ発生したの? 誰かひとりの人が最初にその感情に駆られた? みんな同時に感情的になるってみんな知ってるのかな? みんな意識的にそれを受け入れた? みんな「僕は怒りたいんだ、だからこれから怒る」みたいな感じ? それとも無意識に怒りの気持ちを持った? 怒りをあおるような人がいた? 状況がよくわかっていたら、怒らずにすんだ?

 こんなふうに、群衆と距離を置くことができるかという問題は、よくわからないけど、とても興味を引かれます。

 

 介助犬のデイジーが危ない目に遭ってしまうかもしれないから、デモ隊の中には長くいられませんでした。デイジーが押しつぶされそうになったんです。デモ隊に参加した人がすごく怒り出して、デイジーの足が踏みつぶされそうになったけど、そこで一瞬の間があった。その人たちは足を止めて、こう言ってくれたんです。

「ああ、ごめんなさい」

 そこでみんなの怒りが解けたようでした。ところがまた怒り出した。極端でした。みんなの目に怒りの炎がメラメラと燃え上がっていました。こんなふうに感情に駆られたかと思うと、一瞬抑えることもできる。ものすごく変だと思う。集団から離れてみたり、状況をコントロールしたりする能力が低下しているんじゃないかな。デモにいくつか参加して、大体どこに行っても民主主義のいいところをいろんな形で見せてもらったけど、あの時はすごくこわかった。デモに参加するのは市民活動にかかわる上で有益だとは思うけど。

リリック 今話してくれたような行為で、いちばん当惑してしまうことは何かしら?

ジョリー よくわからないのは、そうした行為を統制する一連の規則があるかもしれないことです。あるいはみんなそういったものが空中に浮かんでいるのが読み取れるのかな?

 すごくピリピリしている時は、僕も感じる。そんなピリピリした感じは好きじゃない。群衆が統制されて動き出す時も好きじゃない。みんな自分を見失ってしまってるみたい。でも、みんなはそのあと戻ってこられる。ずっと我を忘れているわけじゃない。でも、僕がそこに参加できないからかもしれないけど、僕にはみんな我を忘れているように思える。僕は群衆の中には入れるけど、そんなふうにみんなと同じ気持ちになれない。そうしたくもない。

 周りで人がお酒を飲んでいる時も、同じように気持ちが落ち着きません。お酒を飲むとみんな言動が変わるし、なんか違う信号を発する。そんな信号の変化にうまくついていけない。群衆の感情に触れたとたん、それまで違う信号を発していた人たちも、一瞬のうちに周りとまったく同じ信号を出し始める。それにすごくびっくりしちゃう。同じようにひとりの人がちょっとお酒を飲むと、すごく酔っぱらってるわけじゃないのに、違う信号を出し始める。それですごく落ち着かなくなる。

辛辣な言葉をかけられた時、ジョリーが思うこと

 ジョリーはいわゆる定型発達者の「心の痛み」というものは感じない。自分に対して辛辣で身を切られるような言い方をされたらどうなるか、それでどんな反応を示すか、話してくれる。

ジョリー 何が僕のような自閉症の人たちを苦しめるかと言えば、人がたくさんいることや、音や光みたいな刺激です。でも、僕の気持ちを傷つけたり気分を悪くしたりするようなことを言って、僕を苦しめようとしても、全然こたえないんじゃないかな。そんな言葉に痛みを感じて、それを無視したり、脇にやったり、踏みつぶしたりするからじゃない。そうした痛みは最初から感じないから。

 

 オックスフォードのある授業で、省エネルギーについてディスカッションしました。僕は医療器具を使っているし、それらがどれだけエネルギーを消費するかに強い関心があるから、エネルギー税は一律にすべきだと発言しました。すると、ひとりの学生が明らかに僕の考えは取るに足らないみたいなことを言ったようです。次の週、みんな「ねえ、大丈夫?」みたいなことを言ってくれたけど、何のことかわからなかった。その学生の言ったことが問題であると僕は認識しなかったんです。

 サウスカロライナ大学にいた時、動物保護に関心があるらしい男性が近づいてきて、介助犬は動物への残虐行為の一形態と見なされるから、僕の介助犬は奴隷のように使われるべきではないと言いました。かなり強い口調で、僕の介助犬デイジーはここにいたくないはずだ、家に置いてきたほうがずっとうれしいだろうと言い出したのです。僕はその人と話をしようとしましたが、その人はなぜか急いでその場から離れていきました。人と話すことには興味がなかったようです。僕は「いや、それは間違っています。デイジーはここに僕といたいのです。もし家に置いてきてしまえば、すごく悲しみます」と言おうとしたんですけど。

©iStock.com

 周りにたくさん人がいたと思うけど、みんなその男性の言葉をおそろしく思ったんじゃないかな。僕は教室に向かって歩いていただけだけど、みんな僕がすごいショックを受けて、逃げ出そうとしていると思ったようです。でも、僕はショックも受けなかったし、逃げ出そうとも思わなかった。僕の頭に浮かんだのは、「ああ、なんて失礼な言い草だろう」ってことだけでした。

 侮辱されたりひどいことを言われたりしても、僕はまったく反応しなかったと思う。何の効果もないから。僕がそれを重要だと思わなかったからじゃない。それが僕にとって重要じゃなかったんです。

 もしデイジーについて今そんなことを言われたら、たぶんこう答えるんじゃないかな。

「障がいのある人に対してそんな言い方は許されません。僕は構わないけど、僕以外の介助犬を連れている人に対してそんなことを言うべきじゃない。そんな言い方をされたら、その人たちはその週ずっと悲しい思いをしなくちゃいけないから」

 特に声の感じと言い方に注意したいですね。あとになってほかの人たちと話してみて、その大切さがわかりました。僕には影響ないかもしれませんけど、ほかの人たちは心がくじかれてしまうかもしれないから。

 僕は心がくじかれるようなことはまずありませんし、これからもないでしょう。なんだかすごく冷たい言い方に聞こえるかもしれないけど、こんなことがあって、僕には読み取れない感情的なものが、ほかの人にはとても重要なんだと気づきました。

 

「どうして僕を慰めてくれるの」って思ってしまう

 時々友達に言われることがあります。

「こんなことになっちゃってごめんね。気分を害した?」

 それに対して僕はこんなふうに言うみたい。

「一体何のこと?」

 本当に何のことかわからない。「どうして僕を慰めてくれるの」って思ってしまう。もうひとつ、みんなは慰めることと、悪い状況への対応を混同しているんじゃないかな。ただ感情的に反応して、やさしく抱きしめるようなことをすれば状況を改善できると考えてるのかも。僕にはよくわからない。感情的な反応が示されて、抱きしめられる。そんなことをしてもらっても、僕には何の助けにもならない。感情的に反応して、抱きしめられても、どうしたらいいかわからない。

リリック あらゆる感情を否定的にとらえている? それとも肯定的に見てる?

ジョリー 感情にほとんど振りまわされることがなくていいと思えることもあります。感情で傷つくようなことがあったら、僕の人生はひどいものになっちゃうと思う。悪口を言われたり、感情的に対立しあったりすることで、今までなかったおそろしい次元に至ってしまうと思う。僕はそんなことは何もせずに、ただ見てればいい。

 こんなふうに考えたことがある人はいないのかな。

「スーパーの食料品売り場で試食するように、あらゆる感情を試してみることができたら、いいんじゃないかな?」

 感情によってとてもいいことも起こるのは僕もわかっています。僕はそれをほかの人と同じように感じることはない。でも、ほかの人には悪いことも起こるけど、それを同じように経験しなくてすむ。

言葉が遅くて普通の小学校に入れなかったが…オックスフォードで修士号を得た自閉症の男性が「人と話すこと」に抵抗がなくなるまで へ続く

単行本
「普通」ってなんなのかな
自閉症の僕が案内するこの世界の歩き方
ジョリー・フレミング リリック・ウィニック 上杉隼人

定価:2,750円(税込)発売日:2023年01月25日

電子書籍
「普通」ってなんなのかな
自閉症の僕が案内するこの世界の歩き方
ジョリー・フレミング リリック・ウィニック 上杉隼人

発売日:2023年01月25日

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