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陰陽師を主人公にした、美しくて怖い6篇。その読みどころを解説します!

陰陽師を主人公にした、美しくて怖い6篇。その読みどころを解説します!

文:細谷 正充 (文芸評論家)

『妖異幻怪 陰陽師・安倍晴明トリビュート』(夢枕 獏/蝉谷 めぐ実/谷津 矢車/上田 早夕里/武川 佑)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #歴史・時代小説

「陰陽師」シリーズの人気を支えているのは晴明だけではなく、博雅の力も大きい。先に親友と書いたが、そんな当たり前の言葉で括れない男二人の絆が、たまらなく気持ちいいのだ。作者はこの点に注目し、博雅の魅力を引き出すストーリーを創り上げた。懐かしさと苦さの交じり合う博雅の過去のエピソード。彼が葉二で奏でる鎮魂の音。また、晴明が見抜く人の愛情と執着も、「陰陽師」シリーズらしい。逆説的になるが、奇を衒うことなく、ストレートなトリビュートに徹したところに、作者の才人ぶりが窺える。

 上田早夕里の「井戸と、一つ火」は、室町時代の播磨国が舞台。薬師の律秀と僧侶の呂秀は法師陰陽師でもある。しかも呂秀は、物の怪など人外のものを見て、声を聞くことができた。そんな兄弟が、呂秀が修行した燈泉寺にある井戸にまつわる怪異を解決する。

 解決するといっても、物の怪を退治するわけではない。この話では、呂秀が話し合いによって、某有名な陰陽師(「陰陽師」シリーズにもちょくちょく登場する、あの人である)の式神の、新たな主人になるのだ。互いを認め合う兄弟の絆も心地よい。なお、シリーズを通じて作者が描き出そうとしているのは、人と人、人と物の怪が支え合う世界であるようだ。詳しく知りたい人は、本作を含む連作集『播磨国妖綺譚』を読むといいだろう。

 武川佑の「遠輪廻」は、『陰陽師 付喪神ノ巻』に収録されている「ものや思ふと……」の後日譚ともいうべき内容になっている。作者の「陰陽師」シリーズへの強い想いが結実した物語だ。

 織田信長が天下に覇を唱えようとしている戦国時代が舞台。京の都に鬼が出たという話を聞いた信長は、古今伝授者の長岡藤孝(後の細川幽斎)に調査を命じる。鬼が和歌の上句だけを口にしたからだ。陰陽師の土御門久脩から、やはり陰陽師の賀茂在昌を紹介してもらった藤孝。ところが在昌は、キリシタンであった。在昌は連歌の会を開き、鬼を呼び出そうとする。

 キリシタン陰陽師というとフィクションのようだが、賀茂在昌は実在の人物である。ただし不明な点は多い。作者は面白い人物に目を付けたものである。しかも在昌がキリシタンになった理由に、興味深い解釈がなされているのだ。

 さらに、藤孝と連歌の会の扱いが優れている。歌が好きだが、才能のなさを自覚している藤孝。戦乱の世で、古今伝授者になったことも重荷である。そんな藤孝の想いと、鬼の想いが、連歌によって昇華する。明智光秀を参加させることによって、光秀が信長への叛意を示したという、連歌の会を連想させるところも、極めて巧みであった。藤孝と在昌のコンビは、これ一作だけで終わりにするのはもったいない。是非ともシリーズ化してほしいものである。

 そしてラストは再び夢枕作に戻る。「太子」は、「むしめづる姫」の露子が、再び登場。彼女たちが川で、どじょうを捕まえていたところに、太子が現れる。ちなみに太子は、インド神話から仏教を経て、道教の神になった。『西遊記』や『封神演義』に出てくるので、名前を憶えている人も少なからずいることだろう。いきなり太子が現れても、まったく違和感を覚えないのは、この世界だからこそだ。

 一方、晴明は新たな依頼を受けた。そこに太子を連れた露子がやってくる。太子が日本に来た目的と、晴明の受けた依頼が結びつき、ひと騒動が起こるのだった。「むしめづる姫」が怪異を見守る静かな話だったのに対して、こちらはアクション篇ともいうべき内容になっている。あえて露子の出てくる作品を冒頭とラストに置き、「陰陽師」シリーズの幅広い魅力を際立たせたのだ。個々の作品の面白さは当然として、アンソロジーとしての作品セレクトと配列の妙も見逃せない。「陰陽師」シリーズのファン、収録された作家のファン、時代小説ファンのすべてが満足できる一冊なのだ。

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文春文庫
妖異幻怪
陰陽師・安倍晴明トリビュート
夢枕獏 蝉谷めぐ実 谷津矢車 上田早夕里 武川佑

定価:792円(税込)発売日:2023年03月08日

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