- 2023.04.05
- コラム・エッセイ
泥酔か素面、ザルか下戸か。極端にふれがちなお酒との“ちょうどよい距離”はあるのか?
木村 衣有子
木村衣有子『BOOKSのんべえ』あとがき
ジャンル :
#随筆・エッセイ
『吾輩は猫である』から『しらふで生きる』まで、お酒と文学には切っても切れない縁がある。しかし、文学とお酒、人とお酒に、遠すぎず近すぎずの”ちょうどよい距離”はあるのだろうか――?
『のんべえ春秋』なるお酒リトルプレスをも発行してきた、木村衣有子さんのブックエッセイ『BOOKSのんべえ お酒で味わう日本文学32選』が4月5日に発売になりました。刊行を記念して、本書のあとがきを公開します。
酒屋に行くのはいつも楽しみ。ぴかぴかの酒瓶が並ぶ棚は見飽きない。ラベルの図柄を眺め、そこに記されている言葉を辿る。POPが添えられていたらそれも読む。酒屋って、本屋みたいだなあといつも思う。セレクトショップであるところからして似ている。選びかた、並べかたにそのお店の色があらわれる。たとえば日本酒なら、産地ごとに満遍なく揃えるお店もあれば、あるひとつの味わいを追求するお店もあって、そういうところも。
開かないと中身はわからないところも同じだ。
人の心に直に届くというところも重なっているけれど、心の中に入り込むスピードはお酒のほうが早い。だからそこから物語がいくらでも紡がれていく。
2012年から17年まで『のんべえ春秋』というタイトルのお酒リトルプレスを発行していた。掌篇小説、酒器をつくる人を取材した記事、書評などを載せ、5年間で5号を発行した。
のんべえ春秋は、のんべえによるのんべえのための小さな本です。酔った上での武勇伝を競うわけでもなく、たしなむ程度と腰が引けてもいない、ちょうどいい塩梅を目指しています。
毎号載せていたこの文言をあらためて見返してみると「ちょうどいい塩梅」であるとは自認していなくて、とりあえず「目指して」いるとある。そこに嘘はなかったなあと我ながら、今思う。
ただ、だんだん、自分でつくって自分で売るリトルプレスにはネガティブな感情を載せたくない、という気持ちと、お酒のポジティブな面ばかりに目を向けるのはどうかな、という気持ちがぶつかり合うようになって、そのジレンマを打開できるような6号めの目次を思いつけずに、5号でひとまず打ち止めとしていた。
日本のお酒文学コラム『BOOKSのんべえ』の連載は、のんべえ春秋を目にとめてもらったのをきっかけとして、2018年にはじまった。連載2年目に大病を患い、治療中に2週間ばかりお酒を全く飲まずに過ごすことになって、それを機に、日常的にお酒と親しみすぎていたのは否めないと振り返った。この連載を続けていくかどうか逡巡した時期も実をいえばある。ここはむしろ、以前は全く受け入れられずにいた、禁酒をすすめる作品にふれるチャンスではあると思い立ち、めくってみた。けれど、酒瓶をみんな手放して、そちら側で旗を振る人についていこうという気にもなれなかった。
お酒の話はなにかにつけて極端にふれがちではある。泥酔か素面か。ザルか下戸か。「ちょうどいい塩梅」をえがいた作品、というのは稀有である。やはり、そこに達して、ずっととどまるのはむずかしい。そう、のんべえ春秋を立ち上げたときに、すでに自分でもわかっていたことのはずだった。
ねえ、お酒って好き? そう聞かれたら、好きだけど一緒には暮らせない、と答えたい。前は半同棲していたけれどいろいろあって別居した、という感もある。そうはいってもちょくちょく会っている。でも一緒に起きて、一緒に眠るまではしたくない。好きだけど。でも、お酒と同衾しているような時期よりもむしろ、お酒について考え、読み、調べるのにこれまでになく夢中になれて、自分でもそれは意外なことだった。
日本におけるお酒文化のおよそ100年を辿ってみると、それはパッケージの歴史でもあるとわかる。お酒は液体だから、なにかしら器に入れないと持ち運べない。その器の変遷が、飲みかたを左右している。武田百合子と泰淳のエッセイにはその変わり目が活写されている。手に握りしめた缶は、自己完結的飲酒へと人を導き、行き着いた先、最新のダークサイドが描かれているのが金原ひとみ『ストロングゼロ』である。コンビニエンスストアのストロング系の並ぶ棚、そこから横に目を移していくと、ノンアルドリンクも並んでいる。お酒の要素を再現しながらも酔わないように設計されたこの不思議な飲みものはこのところ立て続けに新商品が発売されている。これも、お酒と別居してからは、新商品を見つける度に試しに飲んでみているのだけれど、ただのおいしいジュースとしかいえない場合も少なくない。とはいえ、アルコールのないところにもお酒の味わいを求めるなんて、完全にのんべえの発想だろう。
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