- 2023.05.02
- 文春オンライン
「協調性ゼロ」「アメリカ人みたいに詰めてくる」と評判に…“人を怒らせる天才”が日ハムの新本拠地を完成させるまで
えのきど いちろう
えのきどいちろうが『アンビシャス 北海道にボールパークを創った男たち』(鈴木忠平 著)を読む
前沢賢という名前に強烈な印象を持っていた。僕は球団創設以来の熱心なファイターズファンで、世間から「日ハムに関してはあいつに聞いとけ」と思われてるフシがある。20年以上前だった。ベイスターズ関係の業務をしている人から「前沢賢ってどういう人?」と問い合わせの電話があった。ベイスターズの事業部にいる前沢という人が「話を聞かない」「アメリカ人みたいに詰めてくる」「協調性ゼロ」で困るのだという。元日本ハムのフロントにいたそうだけど、知ってるか?
そんな苦情のようなのを僕に持って来られても、と思う。第一、僕は前沢という人を知らない。ファイターズの選手だったらブルペン捕手だって知ってるけどなぁ。まぁ、その場は「じゃ、人に聞いてみるね」で電話を切った。しばらくしたらその前沢さんはベイスターズを辞めた。いろいろ軋轢があったらしい。
その前沢賢さんこそ本書『アンビシャス』の主人公ともいえる人物だ。鈴木忠平のノンフィクションは『嫌われた監督』でも『虚空の人』でも、常識の枠からはみ出してしまった「埒外の人」にまなざしをそそぐ。北海道日本ハムファイターズの新本拠地「エスコンフィールド北海道」開業にまつわる人間模様を描いた『アンビシャス』では、前沢賢という個性がその役割を担う。作品中、「ブルドーザー」「人を怒らせる天才」と語られる個性だ。電話を受け、僕が「人に聞いた」評判もおおよそそんな感じだった。
『アンビシャス』によると、前沢氏は経営会議で「新球場建設シナリオ」をプレゼンし、黙殺され、いったん日本ハムのフロントを辞している。それでベイスターズに移ったタイミングでどうも僕の知人を「アメリカ人みたいに詰めて」いたらしい。だが、彼は日本ハムに呼び戻される。新しい時代をつくる核として、前沢賢という際立った個性は欠かせないものだった。
やがてファイターズの本拠地移転は報道ベースに乗り、前沢賢・事業統轄本部長はそのキーマンとして知られるようになる。僕はファイターズが単なる新球場を建設するのでなく、拡張するスポーツ・コミュニティーを目指しているのを知る。
『アンビシャス』の面白いのはここからだ。移転先はどうなるのか? 受け皿はあるのか? 資金調達はどうする? 「総工費600億円にのぼるボールパーク建設」という途方もない夢に向かって、前沢氏をはじめとする日本ハム球団も、候補地となった北広島市も札幌市も、まさに群像劇さながら動き出す。「中の人」の思いが交錯し、揺れ動く。僕らはそのインサイドストーリーを追体験する。
だから北の『プロジェクトX』なのだ。クライマックスの、建設地が北広島に決まったくだりは(もう、決まると知ってるのに)どうしようもなく泣けてきた。
すずきただひら/1977年、千葉県生まれ。日刊スポーツ新聞社で中日、阪神などプロ野球担当記者を務め、2016年に退社。Number編集部に所属したのち、フリーのノンフィクション作家に。『嫌われた監督』で大宅壮一ノンフィクション賞など受賞。他著に『虚空の人』など。
えのきどいちろう/1959年、秋田県生まれ。コラムニスト。著書に『F党宣言! 俺たちの北海道日本ハムファイターズ』などがある。
-
【速報】第53回大宅壮一ノンフィクション賞は鈴木忠平さんと樋田毅さんに決定!
2022.05.13ニュース -
『嫌われた監督』について語るときに鈴木忠平が語ること。 鈴木忠平ロング・インタビュー【前篇】
2022.01.05インタビュー・対談 -
『嫌われた監督』について語るときに鈴木忠平が語ること。 鈴木忠平ロング・インタビュー【中篇】
2022.01.06インタビュー・対談 -
『嫌われた監督』について語るときに鈴木忠平が語ること。 鈴木忠平ロング・インタビュー【後篇】
2022.01.07インタビュー・対談 -
「逃げてよかったんだって……そう思えてくるんです」デッドボールをよける選手を「臆病者」と思っていた清原和博の心変わり
-
2022年の大谷は、「とんでもない結果を叩き出す」のか?
2022.03.25書評
-
『赤毛のアン論』松本侑子・著
ただいまこちらの本をプレゼントしております。奮ってご応募ください。
応募期間 2024/11/20~2024/11/28 賞品 『赤毛のアン論』松本侑子・著 5名様 ※プレゼントの応募には、本の話メールマガジンの登録が必要です。