- 2023.05.19
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『イーロン・マスク』評伝、文藝春秋より9月13日に世界同時発売!
『イーロン・マスク』上・下(ウォルター・アイザックソン著 井口耕二訳)
ジャンル :
#ノンフィクション
世界的ベストセラー『スティーブ・ジョブズ』の評伝作家だからこそ、描くことができた本書。
いま、世界で最も魅力的であり、かつ、世界で最も論議の的となっているイノベーターの赤裸々な等身大ストーリー。彼は、ルールにとらわれないビジョナリーで、電気自動車、民間宇宙開発、人工知能の時代へと世界を導いた。
そして、つい先日ツイッターを買収したばかりだ。
イーロン・マスクは、南アフリカにいた子ども時代、よくいじめられていた。よってたかってコンクリートの階段に押さえつけられて頭を蹴られ、顔が腫れ上がってしまったこともある。このときは1週間も入院した。
だがそれほどの傷も、父エロール・マスクから受けた心の傷に比べればたいしたことはない。エンジニアの父親は身勝手な空想におぼれる性悪で、まっとうとは言いがたい。いまなおイーロンにとって頭痛の種だ。このけんかのときも、病院から戻ったイーロンを1時間も立たせ、大ばかだ、ろくでなしだとさんざどやしつけたという。
イーロン・マスクは、この父親と物理的にも精神的にも距離を置こうと努力してきたが、その影響から逃れられずにいるようだ。気分が明るくなったり暗くなったり、エネルギッシュになったりぼんやりしたり、感情が揺れ動いたり動かなくなったりと行ったり来たりをくり返すのだ。ジキルとハイドみたいに「悪魔モード」へ急降下して周囲に恐れられることもある。子どもに優しい点は違うが、そのほかの言動を見るかぎり、危険と戦い続けなければならない、母親の言葉を借りれば「父親と同じになるかもしれない」危険と戦い続けなければならないのだと思わざるをえない。神話でよく語られるテーマだ。『スター・ウォーズ』でも、ヒーローは、ダース・ベイダーが遺した悪魔を必死ではらい清めなければならない。フォースの暗黒面に必死であらがわなければならない。
このあたりから、マスクは宇宙人のようなオーラを放つようになったのだろう。人類の火星移住をめざすのは故郷に帰りたいからではないか、人型ロボットを作ろうとするのは自分に似た存在が欲しいからではないかとまで思えたりするのだ。だが同時に、こういう子ども時代を過ごしてきたからこそ、すごく人間的になったのではないだろうか。たくましいのに傷つきやすく、子どものような言動をくり返す男に成長し、ふつうでは考えられないほどのリスクを平気で取ったり、波乱を求めてしまったりするようになったのではないだろうか。さらには、地球を救い、宇宙を旅する種に我々人類を進化させようと壮大なミッションまでをも抱き、冷淡だと言われたり、ときには破滅的であったりする常軌を逸した集中力でそのミッションに邁進するようになったのではないだろうか。
マスクはおかしな側面を隠す情熱を宿すとともに、逆に、情熱を隠すおかしさも宿している。大柄で、選手になるほどスポーツに打ち込んだことがない人にはよくあることなのだが、マスクも自分の体を持て余しているようなところがあり、使命を帯びたクマかと思う歩き方をするし、ロボットに教えてもらったのかと思うジグを踊ったりする。
そんなこんなから、マスクは、満たされるのを忌避するようにもなってしまった。
「人生は痛みの連続だと子ども時代にたたき込まれたのでしょう」
こう言うのは、グライムスという名前で活動する音楽家で、マスクの子ども10人のうち3人を産んだクレア・ブーシェイだ。そのとおりだとマスクも同意している。
「私は苦しみが原点なのです。だから、ちょっとやそっとでは痛いと感じなくなりました」
イーロン・マスクは嵐が近づくと生を実感するタイプだ。嵐と騒動に惹かれる。願い望むこともある。仕事においてもそうだし、うまくいかないことの多い恋愛においてもそうだ。めんどうなことになると夜眠れなくなったり吐いてしまったりする。だが同時に元気にもなる。
「兄は波乱を呼ぶ男なんです」とキンバルも言う。「そういうタイプ、それが人生のテーマなのでしょう」
スペースXが31回もロケットを軌道まで打ち上げ、テスラの販売台数が100万台の大台目前に迫り、自身も世界一の金持ちになった年が終わり2022年が始まったとき、マスクは、騒動をつい引き起こしてしまう自身の性格をなんとかしたいと語った。
「危機対応モードをなんとかしないといけません。14年もずっと危機対応モードですからね。いや、生まれてこのかたほぼずっとと言ってもいいかもしれません」
これは悩みの吐露であって、新年の誓いではない。こう言うはしから、世界一の遊び場、ツイッターの株をひそかに買い集めていたのだから。そして4月には、珍しく休みを取ると、ときおりデートする女性、俳優のナターシャ・バセットを連れてハワイに行った。実はその少し前、取締役への就任をツイッターに打診されていたのだが、それでは不十分だとマスクはハワイ滞在中に心を決める。やはりすべてを掌握しないと気がすまない、だから敵対的買収をしかけよう、と。
続けてバンクーバーに飛ぶと、グライムスに会いに行く。グライムス宅では、戦いを通じて帝国を作るゲーム、『エルデンリング』に朝5時まで興じた。そして、その直後、買収の引き金を引く。「申し入れをした」と発表したのだ。
暗いところに入ると、昔、遊び場でいじめられた恐怖がよみがえってくる。そんなマスクに、遊び場を我が物とするチャンスが巡ってきたわけだ。
2年の長きにわたり、アイザックソンは影のようにマスクと行動を共にした。打ち合わせに同席し、工場を一緒に歩き回った。また、彼自身から何時間も話を聞いたし、その家族、友だち、仕事仲間、さらには敵対する人々からもずいぶんと話を聞いた。そして、驚くような勝利と混乱に満ちたストーリー、いままで語られたことのないストーリーを描き出すことに成功した。本書は、深遠なる疑問に正面から取り組むものだとも言える。すなわち、マスクと同じように悪魔に突き動かされなければ、イノベーションや進歩を実現することはできないのか、という問いである。
(訳 井口耕二)
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