- 2023.06.13
- 書評
茨の道をまっすぐに歩いていけ――完結篇に込められた作者のメッセージ
文:細谷 正充 (文芸評論家)
『舞風のごとく』(あさの あつこ)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
大ベストセラーになった『バッテリー』を始めとする児童文学で知られていたあさのあつこは、その後、一般文芸に進出。さらに二〇〇六年、初の時代小説『弥勒の月』を刊行すると、これをシリーズ化した。作者が時代小説に乗り出すとは、まったく思っていなかったので、大いに驚いたものである。だが、ウェブサイト「本の話」に掲載されたインタビューで、
「時代小説は以前からずっと書きたいと思っていましたが、藤沢周平さんの作品、特に短篇が好きだったことが大きいですね。藤沢さんのように時代小説で人を描いてみたいと。実は『バッテリー』を書いていた時に、私の最初の時代小説『弥勒の月』(光文社文庫)を並行して書いていました。児童、青春小説と違う大人の世界を書いてみたいという気持ちが強くありました」
といっている。別のトークショーによれば、出版社の注文ではなく、ただ書きたいから書いていたそうだ。それほど時代小説への想いが強かったのだろう。実際、作者の時代小説への取り組みには、目を見張るものがある。先のシリーズの他にも、複数の時代小説のシリーズを執筆して現在に至っているのだ。そのひとつが、「小舞藩」シリーズなのである。
「小舞藩」シリーズは四冊が刊行されている。少年藩士・新里林弥の成長を描いた『火群のごとく』(二〇一〇)、『飛雲のごとく』(二〇一九)、本書『舞風のごとく』(二〇二一)の三冊と、小舞藩に生きる男女の愛を描いた短篇集『もう一枝あれかし』(二〇一三)だ。刊行年を見れば明らかだが、『火群のごとく』と『飛雲のごとく』の間が、九年も空いている。『もう一枝あれかし』が挟まれているとはいえ、シリーズとして考えると、空白期間が長すぎる。『火群のごとく』を既読の読者ならお分かりだろうが、この作品の内容は一冊で纏まっている。作者としては単発作品のつもりだったのだろうか。あるいは二〇一一年から一六年にかけて文春文庫から時代小説『燦』全八巻を書き下ろしで刊行しており、そちらに傾注していたのかもしれない。
だが、別の可能性もある。『飛雲のごとく』の文庫解説を担当した杉江松恋は、二〇一一年三月十一日に起きた東日本大震災が影響を与えたのではないかといっている。詳しいことはその解説を読んでいただきたいが、私もこの意見に同意する。なぜなら本書が、小舞藩を襲った大火――災害からの復興を描いているからだ。東日本大震災ではショッキングな映像が幾つもテレビで流れたが、宮城県気仙沼市などの火災もそのひとつであった。あえて火災を本書の題材としたところに、私は東日本大震災の影響を感じるのである。
さて、本書の内容に触れる前に、シリーズの流れを押さえておこう。物語の舞台になっているのは、小舞藩という六万石の小国だ。二つの名川を有し、水利に恵まれ、高瀬舟を使った交易と川漁が盛んである。
『火群のごとく』では、父親代わりの敬愛する兄を何者かに殺された新里林弥の二年間を見つめていた。背傷を負い、刀も抜かないまま死んだため、臆病者の汚名を被った兄。義姉の七緒への恋心を抱きながら、事件の真相を突き止めようとする林弥だが、何もできない。そんなとき、筆頭家老の三男だという樫井透馬が現れ、徐々に事態が動いていく。道場仲間の死などの悲劇や、兄の死の真相などを経て、林弥は成長していく。
続く『飛雲のごとく』は、もうすぐ十七歳になる林弥が元服する場面から始まる。だが元服したからといって、すぐに大人になるわけではない。『火群のごとく』の一件は後を引き、林弥や透馬は、再び騒動にかかわることになる。初めて人を斬り殺したこと。義姉への恋心を断ち切られたこと。父親の後を継ぐという透馬に、道場仲間の山坂和次郎と共に仕えることを決めた林弥は、厳しい大人の道へ足を踏み入れる。
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