この対話は、山本芳久さんとのあいだでなくては実現しなかったし、試みようとも思わなかっただろう。対話とは、語り合う二者のあわいに真実を浮かび上がらせようとする挑みであるが、同時に、気が付かない自己の声を眼前の他者から聞くということでもある。
本書が生まれる過程で私は、山本さんから深く学び、幾多の気づきを得たが、何より驚いたのは、山本さんの言葉によって自分の心中にあって、探しあぐねていたいくつかの大切な問題が照らし出されるという経験だった。
対話の最中ではなく、ふとしたとき、彼に天使とはどんな存在なのだろうと訊ねたことがあった。「それは純粋に霊的な存在ということなのです」と山本さんはいう。
この言葉にふれたとき、私は「霊的」ということをいまさらのように感じ直すことができた。「霊的」ということが、単に目に見えず、手にふれ得ない存在であることを意味するだけでなく、「神とのつながりのなかにあることとして」という語感があることをはっきり認識することができたのである。
本書の初版が刊行されたのは二〇一八年一二月である。四年半が経過したことになる。その間にコロナ危機があり、山本さんとは『危機の神学』という対話篇を世に送った。もう一つ、本書でも一度ならず言及した、哲学者吉満義彦の選集を編む機会に恵まれた。吉満義彦の遺産は大きい。彼から学ぶべきことは尽きないが、改めて感じ直しているのは、彼の天使論である。
「天使」と題する小品で彼は「天使を黙想したことのない人は形而上学者とは言えない」と述べ、「民衆と天使」では「人々が『原歴史』(Urgeschichte)と言うように『原社会』的にこの民衆にかくれた天使たちをわれらの守護の天使を心深く見いださねばならない」とも書いている。現代人はいつしか、この世が天使と共にある世界であることを見失ったというのである。
天使は、さまざまなかたちで人間を守護する。ときに警告することもまた、形を変えた守護なのだが、そうした天使の聞こえざる声を人間はいつからか受け取ることができなくなっている、と吉満は嘆く。だが、別なところで吉満は、人間と天使を混同することを強く戒めてもいる。
しかし繰り返し申しますが、われわれは人間であって天使ではなく、われわれは人間的実存の外に立って天使的歌を歌うことはできないのです。(「リルケにおける詩人の悲劇性」)
天使とともにありながら、人間として生まれた宿命を生き切ること、ここに人間に託された重大な使命がある、というのである。
本書は最初、鳥嶋七実さんに編集を担当していただいた。彼女の参与は月並みな意味での編集ではなく、沈黙の対話者でもあった。山本さんだけでなく、彼女がいなくてもこの本は生まれなかったと思う。この場を借りて改めて謝意を伝えたい。
文庫版は、加藤はるかさんに担当していただけた。吉満義彦の選集も加藤さんとの協同の仕事だったが、そこに連なる霊性を問う一冊をともに編み直す機会が与えられたことにも深い感謝を感じている。
二〇二三年四月
(「文庫版あとがき」より)
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