- 2023.06.13
- 文春オンライン
「駅で突然見知らぬ男性に襟首をつかまれ怒鳴られた」大学生で来日、翌年に結婚…日本で暮らす“ガイコクジン”のリアルな実感
「週刊文春」編集部
著者は語る 『こんばんは、太陽の塔』(マーニー・ジョレンビー 著)
「日本語に興味をもったきっかけは、ちょっと不純な動機なんです。大学1年生の時、つきあっていた彼と少しでも一緒にいたくて、同じ日本語の授業をとりました。その彼が今の夫です」
米ミネソタ州の農場で育った、作家のマーニー・ジョレンビーさん。このたび、2作目となる長編小説『こんばんは、太陽の塔』をすべて日本語で書き上げた。
主人公のカティアは22歳の英語教師。アメリカの大学卒業後に来日し、大阪の女子校に勤め始めたばかりだ。しかし年頃の少女たちの相手は生易しいものではなく、虚しい奮闘と後悔に苛まれる日々。さらに彼女の心をかき乱すのが、通勤中に目に飛び込んでくる異形、「太陽の塔」だった。
「主人公のモデルは、日本で英語教師として働いたことがある私自身です。強烈な思い出ばかりで、いつか書こうとずっと思っていました。授業中に言葉を失って茫然と立ち尽くしてしまったのも、駅で突然見知らぬ男性から襟首を掴まれ怒鳴られたのも、すべて実際にあったことです」
マーニーさんは大学4年生の時、南山大学に留学。翌年に結婚し、2年ほど東京・調布市に滞在した。帰国後も勉強を続けて、2003年、日本文学の博士号を取得。論文の研究のために、7歳と3歳の息子を連れて来日し、万博記念公園にあった大阪国際児童文学館に通った時期もあった。
本作ではそれらの経験をもとに、〈日本で暮らすガイコクジン〉ならではの実感を、コミカルに、時に皮肉を交えて活写している。
「日本の人は、私たちを見ると話しかけられないように目を逸らします。でも、こちらが日本語を話すとわかると、たちまち皆、優しくしてくれます(笑)。グループの中に入ることさえできれば、とても思いやりがあって親切な人たちだと思っています」
本作には、もう一つ重要なテーマがある。カティアの陶芸の師匠であり恋人でもあった大学教授から傷つけられた自尊心の回復だ。
「これは、カティアが魂の“自由”を取り戻す物語です。そして私にとっても過去から解放されるために必要な物語でした」
2016年からはミネソタ大学で日本語講師を務めているマーニーさん。一昨年、日本語で執筆した『ばいばい、バッグレディ』で小説家デビューした。
「書き始めたのは本作が先だったのですが、思い入れの強さからか、なかなか進まず、ようやく形になりました。私の場合、小説は、英語より日本語で書く方がしっくりいくようです。ただ会話シーンは難しいので、編集者や日本人の友人の力を借りて自然なやり取りになるよう心がけています」
もともとの日本のイメージは「侍とロボットとトヨタの国」。ところが、日本語を学ぶなかで、その“形”に魅せられた。
「ひらがな、カタカナ、漢字と、異なる字体をまじえて表す独自のスタイルが新鮮で面白く、もっと勉強したいと思いました。ただ、アメリカで日本語を教えていると、まさにそれこそが生徒たちの挫折につながる最大の壁でもあるのですが」
夏目漱石から宮沢賢治、村上春樹に東野圭吾まで、日本の小説も数多く読んだ。
「好きな作家をあげるとキリがありませんが、一番好きなのは安部公房。『砂の女』のようなマジックリアリズムを目指しています」
現在、物理学者を主人公にした小説を執筆中で、取材として岐阜県のスーパーカミオカンデも訪れる予定。
「これからも日本語で、日本の人たちに読んでいただける作品を書いていくつもりです」
Marnie Jorenby/1968年、アメリカ生まれ。カールトン大学で日本語を学び、南山大学に留学。ウィスコンシン大学で日本文学博士号取得。現在、ミネソタ大学で日本語講師。2021年、5年間かけてすべて日本語で書いた『ばいばい、バッグレディ』で作家デビュー。
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