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作家の羽休み――「第82回:鳩との闘い⑥」

作家の羽休み――「第82回:鳩との闘い⑥」

阿部 智里


ジャンル : #エンタメ・ミステリ

☆前回までのあらすじ

 1周回ってハイになってきたぜ~! かかって来いよ鳩野郎! 根競べなら負けないぜ! ヒャッハー!

 果たして、1日に何回、奴らは我が家のベランダにやってきたのでしょう?

 最終的には数えるのも止めてしまいましたが、そのうち、仕事部屋にいても気配だけで奴らがやってくるのが分かるようになりました。

 奴らは大抵上から降りてくるので、一瞬、窓に影が落ちるのです。

 寝ていてもハタハタ……と羽音が聞こえると勝手に目が覚め、鳩が手すりに辿り着く前にカーテンを開くことが出来るようにもなりました。

 いいぜ、来いよ。どこまでも付き合ってやる。
 覚悟さえ決めてしまえばこっちのもんさ。悪いけど負ける気がしねえんだわ。

 そう思うようにまでなった、ある朝のことです。

 毎度のように鳩の羽音が聞こえ、毎度のように飛び起き、毎度のように「ハイハイ」とカーテンを開き、そこで私は固まりました。

 ――鳩は、そこにいなかったのです。

 しばらく、朝の光に照らされた空っぽのベランダの前で、私は呆然と立ち尽くしました。

 え……? なんでいないの……?
 だって今、鳩の気配したじゃん。
 絶対いるはず……え、マジでいない?
 ――なんで!?

 結論から申し上げましょう。

 私はとうとう、鳩との根競べに勝ったのです。

 鳩は、私の家のベランダにも、ネコちゃんのいるお隣のベランダにも営巣することなく、それまでのやかましさが嘘のように、ぱったりと姿を見せなくなりました。

 しかし、鳩との闘いの後遺症とでもいうのでしょうか。

 しばらくの間、私は存在しない鳩の気配にさいなまれるようになりました。

 仕事をしていても窓の外に影を感じたり、寝ていても羽音で飛び起きたりするのですが、実際には奴らはそこにいないわけです。こうなると不思議なもので、まだ居てくれたほうが精神衛生上健康的なのではないかとまで思えてきました。来た、と思ったのにいないと、「なんでだよォ!? 居ろよォ!」とめっちゃガッカリしちゃうんですよね……。

 勝ったのに勝った気がしないというか、試合に勝って、勝負に負けた感がありました。

闘う相手を失い呆然とする(画・阿部智里)

 さて。実は、長きにわたって語ってきたこの鳩との闘いは、1年以上前にあったことです。奴がやって来てから撃退するまでは、確か1週間ほどでした。随分長かったように感じましたが、思えば短い期間でしたね。

 なんで今更それを書こうと思ったのかというと、きっかけがあります。

 コラムの原稿の期日が差し迫る、5月初旬ごろ。

 4月の展覧会関係が一段落したので、さて次のコラムでは何を書こうかしらと悩める私のもとに、まるで天啓のように「ぽっぽー、ぽろっぽー♪」という声が降って来たのです。

 1年ものブランクなどなかったかのように、一瞬にして脳みそが戦闘モードに切り替わるのを感じました。

 まさかと思いつつ机から駆け出し、寝室のベランダのレースカーテンを開き、私は今度こそ、本物の鳩と対面したのです。

 そうです。なんと、またあの鳩ップルが、我が家に戻ってきたのです!

 鳩は一年中産卵するそうですが、姿を見せたのは昨年とほぼ同じ時期でしたので、直感的に「前と同じ奴らだ」と思いました。

 こうなると1周回って、もはや「おかえり!」といった気分でした。

 詳細は省きますが、多少バージョンアップしたとはいえ、この6回にわたって書き連ねて来た「闘い」とほぼ同じことを今年も繰り返したと言えば、大体何があったのかご想像はつくかと思います。

 群馬の畑での闘いを見てきた私が断言します。鳥との闘いなんてそんなもんです。

 今年も私は勝ちましたが、油断せず、また来年の再戦に備えようと思います。

 

 いやしかし、①を書き始めた当初は⑥まで続くとは全く思っていませんでした。無駄に長い上にろくでもない鳩との闘いに最後までお付き合い頂いた読者の皆様、本当にありがとうございました! 皆さんのお宅に鳩が現れた時の対策には全くならない体験談だったとは思いますが、少しでもご笑覧頂けたのなら苦労も報われるというものです。

 しかし、鳩は日本中、どこにでも存在します。

 きっと、これをお読みになっている方の中にもすでに鳩野郎の被害にあった方はいらっしゃるでしょうし、他人事と思って笑っていらっしゃる方も、笑えるうちに今の平穏がとても貴重なものなのだということを噛みしめて頂きたいと思います。

 次に虚無の目をした鳩ップルが姿を現すのは、あなたのお宅かもしれません。本当に。

背後にご注意を!(画・阿部智里)

©阿部智里

阿部智里(あべ・ちさと) 1991年群馬県生まれ。2012年早稲田大学文化構想学部在学中、史上最年少の20歳で松本清張賞を受賞。17年早稲田大学大学院文学研究科修士課程修了。デビュー作から続く著書「八咫烏シリーズ」は累計130万部を越える大ベストセラーに。松崎夏未氏が『烏に単は似合わない』をWEB&アプリ「コミックDAYS」(講談社)ほかで漫画連載。19年『発現』(NHK出版)刊行。「八咫烏シリーズ」最新刊『追憶の烏』発売中。

【公式Twitter】 https://twitter.com/yatagarasu_abc

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