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作家の羽休み――「第81回:鳩との闘い⑤」

作家の羽休み――「第81回:鳩との闘い⑤」

阿部 智里


ジャンル : #エンタメ・ミステリ

☆前回までのあらすじ

 鳩に目を付けられた憐れな在宅ワーカーの最後の手段。奴らが来る度に家主が出て行って直接追い払う「根競べ作戦」、始動――!

 まあそんな感じで、ベランダでの睨めっこを続けるうちに、思いがけぬ同志を見つけました。

 何度も鳩への威嚇を繰り返しているうちに、彼らは電信柱を挟んだお隣さんのベランダにちょっかいをかけ始めました。

 これにはドキッとさせられましたね。

 当然、私レベルの引きこもりなどそうそういないので、日中、お隣さんはお留守です。

 ――もしや私が追い払ったせいでお隣さんに鳩ップルの被害が出るというのか!?

 私の行いは、実はすごく利己的で傲慢なのではないか。自己犠牲とは、動物愛護とは、敷金とは――と、葛藤が激しく渦を巻いたその時、お隣さんのベランダに、黒い影が現れたのです。

 一瞬、「お隣さんにも私と同レベルの引きこもりが!?」と衝撃を受けたのですが、そうではないとすぐに分かりました。

 曇りガラスの向こうのシルエットは小さく、特徴的な三角形のお耳と、長い尻尾が揺れています。

 なんと、鳩を見て窓際に現れたのは、可愛いネコちゃんだったのです!
 

 ええ~、お隣さん猫飼ってたの!? ここに引っ越して結構長いのに知らなかった! 可愛い~!
 

 私のテンションは爆上がりしました。鳩との闘いが始まって以来、初めてにして唯一の嬉しい出来事だったと言えましょう。

 何よりあの子が頑張ってくれれば、私が無用な罪悪感に苦しむ必要はなくなるのです。正直、助かった! と胸を撫で下ろしました。

 ただ、事はそう簡単ではありませんでした。

 腹立たしいことに、面の皮がマントルくらい分厚いインベーダーピジョンどもは、ガラス戸を隔てた向こう側から自分達を凝視するネコちゃんをものともせず、室外機と壁面の間を覗き込み、ベランダの端から端まで歩き始めたのです!

 ――お隣さんの内見が始まっちゃった!

 私は悲鳴を押し殺しました。

 この後のお隣さんの悲劇を思うと、とても他人事ではいられなかったのです。

 はらはらしながら見守るうちに、猫ちゃんはぺぺぺぺぺとエアパンチをガラス越しに繰りだし始めました。鳩も、流石にエアパンチの前で営巣する気にはなれなかったようで、根負けしたように飛び立ちました。

 よしよし、と胸を撫で下ろしかけた私は、しかし次の瞬間、自分の目を疑いました。

 なんと、お隣さんのベランダから飛び立った奴らは、まさかのその翼で私の待ち構えるベランダへと飛び込んで来たのです!

 おまっ……さっき私に追い出されたばっかりなの忘れたんか!?
 しかも私ずっとここにいるんだが貴様の目は節穴か!?

 言いたいことはざっと百はありましたが、私は再びアリクイのポーズで鳩を威嚇しました。

 私と真正面からかちあった鳩は、「あ、そうだった!」と言わんばかりに空中でホバリング(鳩ってホバリング出来ないはずなんですがあれは確かにホバリングでした)し、我が家とお隣さんの中間地点の電信柱に降り立ちました。

 ――ここに、私と、鳩ップルと、ネコちゃんの三つ巴が完成したわけです。

三つ巴の図(画・阿部智里)

 「根競べ作戦」と名付けましたが、まさかマジの根競べが発生するとは思わなかった……。

 1人と2羽と1匹はしばらく睨み合い、鳩は何度か私の家とお隣さんの間を行ったり来たりしました。その都度、私とネコちゃんは飽きることなく威嚇を続け、とうとう、鳩2羽はどこぞへと飛んで行ったのです!

 奴らの姿が空の彼方に消えていった瞬間、私は思わず快哉を叫び、向こうは見えていないし見えていたとしても意味は通じないと分かっていながら、お隣のネコちゃんに向けて親指を立てていました。

 猫を飼っていて、なおかつ日中家を留守にしておられる読者の皆さん!

 もしかしたらあなたの愛するネコちゃんは、あなたの知らないところで、平和の象徴とは名ばかりの翼の生えたインベーダーどもからお家を守っている英雄かもしれませんよ!

 ――とにかく、私とネコちゃんは勝ったのだ!

 達成感と共に部屋の中に戻りながら、よく考えると私の行動ってネコちゃんと同レベルってことだよな……とか、レベルで言ったら鳩と同じ土俵に立った時点で人間として越えてはならない一線を越えているだろ……とか、気付いてはいけない事実に気付きそうになりましたが、あえて見ないふりをしました。

 それ以降、鳩ップルは姿を現すことはなく、我が家とお隣さんには平穏が戻ってきたのです。めでたしめでたし!


 と、〆られたら、どれほど良かったでしょう……。


 1回や2回の失敗で諦めてくれるくらい鳩どもが神妙なら、5話にも及ぶこのコラム始まって以来最長の連載になったりはしないのですよ。

 翌朝、普通に戻ってきましたよね。

 いつもの「ぽっぽー、ぽろっぽー♪」という声で目が覚めた瞬間、不思議なことに、私は怒りよりも先に安らぎを覚えました。
 

 ああそうかい。戻ってきたのかい。まあ、薄々分かっていたよ、と。
 

 私は覚悟を決めざるを得ず、果たして、根競べ作戦は続行となったわけです。
 

☆もういいかげん終わらせたいのに一向に終わらない! 次回、今度こそ決着!


©阿部智里

阿部智里(あべ・ちさと) 1991年群馬県生まれ。2012年早稲田大学文化構想学部在学中、史上最年少の20歳で松本清張賞を受賞。17年早稲田大学大学院文学研究科修士課程修了。デビュー作から続く著書「八咫烏シリーズ」は累計130万部を越える大ベストセラーに。松崎夏未氏が『烏に単は似合わない』をWEB&アプリ「コミックDAYS」(講談社)ほかで漫画連載。19年『発現』(NHK出版)刊行。「八咫烏シリーズ」最新刊『追憶の烏』発売中。

【公式Twitter】 https://twitter.com/yatagarasu_abc

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