二〇〇〇年に出たこの本をあらためて読んでみると、びっくりしたことがいくつかあった。なかで四十三歳になってびっくりしていると書いていて、それを読んだ、現在六十八歳の私はびっくりした。たかだか四十三歳で何をいうかと思ったのである。四十三歳になった驚きと、六十八歳になった驚きは違う。前期高齢者という枠に入れられるし、古来稀な「古稀」も目の前だし、それを超すと次には後期高齢者というレッテル貼りが待っている。前期、後期とは何ごとか、後期高齢者と呼ばれている人たちは、腹立たしいのではないかと想像しているが、何をどういってもそういった年齢になっているのは、間違いないのである。
そのせいかどうかわからないが、この本で紹介した「今月買った本」のなかで、手元に残っている本ももちろんあるが、恐ろしいことにほとんどの本を購入したのを忘れていた。今回あらためて本を読んで、
「あら、この本も買っていたんだ。へええ」
と思うような有様だった。内容も強く印象に残っているものも何冊かはあったが、買って読んだ本のすべてを覚えているわけではなかった。本の内容を説明できるのは、五分の一程度。つまり残りの五分の四は、私の目と脳は通過したものの、脳内にとどまることなく、この二十年以上の間にどこかに消えてしまったのである。
その事実に一瞬、愕然としたが、本を読むということはそれでもいいのではないかと思った。本を読んでいる時間は楽しいわけで、それが何らかの形で自分のなかに残っているのなら、よりいいかもしれないが、面白く読んだが、あとになって考えると、何が書いてあったのかはよく覚えていない。読書ノートなどで、感想を書き留めておく習慣がある人は、それによって思い起こされる記憶もあるだろうが、私はそういうことは一切しないので、よほど印象が強い本ではない限り、すべて読み捨てたということになる。本の作者の方々には、このような読み方をして、大変申し訳ないとは思った。
私が物を書きはじめたときには、「私の本を何十年も先に残したいなどとは思わない、読みたいときに読んでもらって、『ああ、面白かった』といって捨てられても、それでもいい」と思って原稿を書いてきた。本を読んでくれた人の人生のなかで、ほんの一瞬でもいいから、「面白い」とか「楽しい」とか「へええ」とかいった感想を持ってもらえ、沈んだ気持ちが少しでも晴れるきっかけになってくれれば、それでよかった。同じように、私は買った本をそのように読んでいたのだった。
私にとって本はお勉強するというよりも、ずっと楽しみのひとつだった。若い頃は買った本はほとんど手放さなかったが、この年齢になると、物を管理するのも大変になってきて、本も増やしたくないので、買って読んでいるけれど、読んだらすぐに処分するようにしている。本棚にある本も、次々に処分しているので、少なくなってきた。
忘れているのは覚えていたからだ。一度、頭の中に入れないと、忘れることすらできない。これまでの人生でたくさんの本を買い、読んできて、頭の中に残っているのはごく少数なのがわかったのだけれど、今の私も、これからの私も、それでいいとあらためて思ったのだった。
(「文庫のためのあとがき」より)
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