三年近くかかった。編集担当の鳥嶋さんが出産し、私が三度目の肺癌にかかって陽子線治療を受けることになり、津田さんを大いに待たせてしまったのである。コロナ禍とも重なった。そういうイレギュラーが唐突に介入してきたにもかかわらず、時期をおきながら数度にわたった対話は、いつもたいへんエキサイティングだった。
二人が話せば、生命と情報が関与する「世界の発生と解釈」をめぐっての、かなりきわどい中身になるだろうことは予想していた。とくに科学と文化に出入りするデーモンとゴーストに迫っていくだろうという甚だ危険で不吉な予感があったのだが、話しているうちに二人がデーモンとゴーストの面をつけて、複式夢幻能よろしく「移り舞」を演じているかのようになっていた。
私たちにはまだ、根本的なことでわかっていないことがいろいろある。たとえば、なぜ生命体は光合成をする植物から進化をしはじめて、動物という自分では栄養をつくれない他者依存的な生物を発達させてきたのか、その生命体はなぜ配偶子をつくって「性」を発生させたのか、ヒトが脳をつくって「自己」や「意識」をもつようにしたのはどうしてか、それなのに神や仏を信仰するようになったのはどんな事情によっていたのか、なぜ人種や民族によって言語はこんなにも異なるものになってきたのか、こういうことはまだ納得できる答えが得られていない。また、文明が「物語」を必要とした理由、記号や通貨などのトークン(代替物)を重視した理由、音楽やダンスやスポーツやお笑いが廃れない理由なども、説明がついていない。もっと説明がついていないのは、「ずれ」や「ゆらぎ」や「行ったり来たり」といった動向を世界がしくみとして採り込むには、どんな哲学や科学が絶対に必要だったのかということだ。
津田さんはこれらのことを、カオスの研究から展望してきた。私は編集工学のしくみを通して考えてきた。二人に共通するのは「世界はどのように発生し、どんなふうに維持できるようにしたのか」ということである。二人がこのことを「カルノー・エンジン」や「エピジェネティック・ランドスケープ」や「編集的アブダクション」や「引き算」や「スパースコーディング」や「いない、いない、ばあ」や「変分原理」などの考え方をつかってどう説明しようとしたかは、本書の対話の左見右見を追っていただきたい。そうとうに大胆な発想が連打されていると思う。ひょっとすると、前代未聞の仮説の束になったようにも思う。
私は、会ったときから津田さんのファンだった。なかなか出会えないジーニアスだとも確信した。私は仕事柄、多くの才能に出会ってきたが、津田さんは新しい才能の持ち主だった。だからすぐ惚れた。複雑系を見通すには、津田さんのような発想力と仮説力がゼツヒツなのである。複雑系には非線形なセンス、遍歴した痕跡の再起動を理解するセンス、混沌やノイズに意味を見いだすセンス、カオスを指先で摑みとるセンス、不確定や不確実をなにかによってあらわしておくセンスなどが必要なのだが、津田さんはそれらを存分にもっていた。
加えて津田さんには、物質と生命と情報に関する先行知についての、果敢な読解力が備わっている。科学的なリベラルアーツが身についている。このことが私のような科学の門外漢であっても、津田さんとおもしろく話しあえる背景を約束してくれた。
津田さんはずうっとデーモンと戦ってきた。だからデーモンのことをよく知っている。科学にひそむデーモンだ。私は長らくゴーストを相手に戦ってきた。だからゴーストの癖や好みや意匠がよくわかる。ゴーストは文化のいたるところに出没する。本書は二人がデーモンとゴーストのお出ましを愉しみながら、二一世紀の残りに向けて、「みなさんもっと斬りこんでみたらどうですか」と問うてみた問答集である。
「あとがき1 デーモンとゴーストの対話」より
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際(きわ)をめぐっての対話
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