- 2023.12.05
- 読書オンライン
人をぐいぐい引き込む文章を書く方法とは? 気鋭の辺境ノンフィクション作家と臨床心理学者が明かす“創作術のヒミツ”
高野 秀行,東畑 開人
高野秀行×東畑開人 特別対談
カオスな異国の地の探索と、近代医療の外側で心の治療を問い直すフィールドワークは、どこか似ている!? 謎の巨大湿地帯に挑んだ『イラク水滸伝』が話題の高野秀行さんと、文庫版『野の医者は笑う』を上梓した東畑開人さんが、“門外不出”の創作術をめぐって語り合った。
「高野本が参考になったと書かれていてビックリ」
東畑 高野さんとの交流は、8年ほど前に『野の医者は笑う』という単行本を出した時、僕の希望で学会の雑誌で対談させてもらったのがきっかけでした。なぜならこの本は高野さんなしでは書けなかったから。
当時、精神科クリニックを辞めて、沖縄で無職になってたんですよ。それでやることもないし、幾分ヤケクソみたいな感じもあって、「野の医者」=スピリチュアルヒーラーたちのフィールドワークをしていました。と言っても、彼らの治療を受けたり、おしゃべりしたりみたいな感じなのですが、まあようは暇なんです。
そんなある日、地元の図書館で高野さんの『謎の独立国家ソマリランド』に出会って衝撃を受けたんですね。大笑いしながら読んだのですが、まずとりあえず現場に行ってみる、その中でだんだん人間関係が広がり、様々な失敗談で自分を笑い飛ばしながら、謎が深まっていく書き方がものすごく面白い。これだ、と思ったんですね。「野の医者」を書くには、この手法しかない!って。
高野 当時ご本を頂いたんですよね。とくにケアやセラピーの分野に興味はなかったので、どうしてこんな本がうちに送られてきたんだろうって思ったけど、読み始めたらぐいぐい引き込まれて……あれ? 僕の本に似ているなと(笑)。この研究がうまくいくかどうかを調査の対象である占い師に訊いてみたりして、本当に面白くて、何度も爆笑しましたよ。裏事情を全部明かしているんですよね(笑)。途中で、高野本が参考になったと書かれていてビックリしました。
東畑 完全にパクリです。行き当たりばったりで、友達を増やしていくという調査のやり方から、そのプロセスで起きる諸トラブルをそのまま書いて、そのことで逆に謎を解いていく書き方とか。全部まねしました(笑)。こうした手法はどこから来ているんですか?
高野 僕は誰にも習ってないし、文章上の師匠がいるわけでもない。21、22歳の頃にアフリカに探検に行って、その体験記を出版社に頼まれて書きはじめたんだけど、何も書き方がわからない。仕方ないから友達に話すように書いたらたまたまわりとうまくいったんですね。友達に建前で話さないでしょ? だから、自然と裏話の体になるんですよね。
東畑 あぁ、だからデビュー作『幻獣ムベンベを追え』でコンゴに怪獣を探しに行くような話も、大真面目にやっていることを包み隠さず滑稽に書いているから、自ずと裏話的になる文体なんですね。
高野 そのスタイルって読者からの評判はいいんですが、同じ探検部の先輩たちからは「ふざけているのか!」とか、ノンフィクション畑の人たちからは「軽薄だ!」とかさんざん言われてきましたよ(笑)。
今回文庫本で再読して、改めて東畑さんは物語化がすごくうまいと思いました。僕は子供の頃から小説がすごく好きなので、物語の構築の仕方は小説から学んできたんですけど、東畑さんも小説読みます?
その気はなかったのに「ハリウッド脚本術」になっていた
東畑 僕も小説好きなので結構読みます。ただ、実は『野の医者は笑う』を出したときに、心理の同業者から「スター・ウォーズ」のシナリオ術で書かれていると言われました。実際には使ってなかったんですけど、興味をもって読んでみたら、確かにそこで勧められている通りのやり方で自分が書いてたので驚きました。
ジョージ・ルーカスはスター・ウォーズを作る時、ユング系の心理学者ジョセフ・キャンベルが世界の神話を集めて比較研究した物語の「型」を使って制作しています。それが大成功したからその後ハリウッドでは、大体同じ方法論で映画がつくられているんですよね。
例えば、ディズニーの映画は物語構造が全部同じ。現実界から異界に行って、未知の場所で誰かと出会って冒険し、最後ちょっと大人になって帰ってくる。なので、僕は映画が始まって、5分で結末が大体わかります。構造から計算できるわけです。で、その通りになるんですけど、やっぱり泣いちゃうんですよ(笑)。不思議ですね、物語というものの力を感じます。
ですので、『居るのはつらいよ』からはハリウッド脚本術を読みまくって、自覚的にその物語構造にそって書くようにしています。プロットを表にして、縦軸がテンション(緊張感)で、横軸が時間の流れで、こういう曲線で出来事の展開を構成すればいいんだな、みたいな(笑)。
迷いの森で彷徨っていると、急にダーンと大きな道筋が
高野 表まで作ってるんですか! 僕はそういうシナリオ術はまったく知らないんですよ。自分の読んできた小説、特にミステリーのテイストが体に沁み込んでいたと思うけど。
本を書くときは、最初に大まかなストーリーラインは作っています。一応作るんですけど、絶対にその通りにいかない。各章ごとに塊で書いていくのですが、どんどんわからなくなってきて、「迷いの森」に深く入る。完全に道を見失ってしまって、どこに行くかもわからない。
そういう時なんだかボーっとしているんですよ。パソコンに向かっても、すぐにネットサーフィンとかして、野球の速報とか見たりして、何も集中できてない。でも迷いの森で何日か彷徨っていると、急にダーンと大きな道筋が降りてくる。自分の頭でなにが起きているのかよくわからないですね。
東畑 そうなんですね。最初に謎を追いかける目論見があるわけですよね。高野さんの作品は、謎から始まり、現場に行って、いろんな情報を集めているうちに、さらに謎が深まって、そして世界が広がっていくのが素晴らしい。
たとえば『イラク水滸伝』では後半、宇宙的な絵柄のマーシュアラブ布がもうひとつ強力な謎として現れて、湿地帯の歴史と民族と宗教が、渾然一体となって集約されていきますよね。高野さんが名探偵となって謎が解き明かされていく。書く段階で、これが強いストーリーラインになるぞという手応えはないんですか?
現地で面白そうなものに片っ端から飛びつく“ブリコラージュ”
高野 ストーリーラインになるかもしれないと思う要素は常にいくつもあって、面白くなりそうと思いつつも、布でそうなるかは実際書いてみないとわからない。取材段階でも執筆段階でも僕は、“ブリコラージュ”度がすごく高い。
ブリコラージュとは文化人類学者のレヴィ・ストロースがいった概念で、その場で手に入るものを何でも使ってものを作ることですが、僕はいつもノープランで取材地に飛び込んでいく。現地で面白そうなものに片っ端から飛びついていって、最後、面白いものだけを引っ張ってストーリーを構成しているんです。書くのもかなりブリコラージュ的だから、一度は迷いの森に入るんです。
東畑 僕の場合は、そのときどきで「物語を生きてる」感じがある。調査をしているときも、物語の文脈から今この瞬間を見てるんですね。あ、これはクライマックスだぞ!とか。たとえば、『野の医者』のラストで、サヨコさんという野の医者を辞めた人に出会うシーンがあるんですが、そこでは本の大きな物語と、サヨコさんの物語が重なっているのに、突然気づくんです。それで、これはもう絶対書くしかないと興奮しながら、その物語がより鮮明になるようにインタビューをするんですね。
喋ってて思いましたが、これはたぶん、カウンセリングと同じで、カウンセリングでの心の働かし方と同じやり方でフィールドワークをしています。カウンセリングって、クライエントが語る時、その話をベタに聞くと同時に、そこにさらに二つの文脈を重ねて聞いているんですね。つまり、そのクライエントの幼少期の物語と、今この瞬間のカウンセラーとクライエントの関係性の物語です。
たとえば定型的な例を出すと、上司に怒られて不安になっているという話を聞きながら、そのクライエントが母親からいつも怒られていたことと、僕がそのクライエントにとって怖い存在であることとを重ねて聞いているわけです。〈クライエントの現在と過去と僕らの現在〉の3つの要素が重なって理解できたとき、相手の心と深く触れ合っている感覚がします。そういう意味で、カウンセリングって現在進行形で「物語を生きる」仕事です。
謎解き要素が強いカウンセリング
高野 なるほど。でもカウンセリングでは、物語のように伏線を張ったりしないでしょ?
東畑 しないですね。ただ、最近ある臨床心理士とも話してたのですが、やっぱりカウンセリングには謎解き要素が強くあります。
困っている人の話を聞いていると、「なぜそんなに不安なのか」「なぜこんなに怒るのか?」わかってるようでわからない原因やその兆候が沢山あるんです。で、いろいろあってから、なるほどそういうことだったのか、となる。そういう伏線には事後的に気付きます。
高野 なるほど。振り返ってみれば伏線になっていたと。それって僕がノンフィクションを書いていてもよく感じることです。気になることがあって重要そうだけど位置づけが解らないものが、あとから、こういうことかと繋がったりする。それを書く段階で伏線として回収するのは、半分意図的で半分ナチュラルですよね。
東畑 それに近いことって、実人生でもみなよくやっていると思います。よくあるのが結婚したら大変なことになったという話で、「そういえば付き合ってたとき、レストランでなんか変だなと思った」という。「なぜ私はあの時の伏線を見逃してしまったんだろう」と後悔するパターンですね。
カオスになりそうな要素も恐れずに
高野 一方、人って伏線を無視することもできます。要するに都合が悪いイレギュラーなもの、伏線となる違和感は人生から排除できるし、書く(物語化する)うえでも省略できる。一般的なノンフィクションでは、不協和音となる要素はあまり書かずに順に土台を作って積み重ねていくリニアな物語展開が多い気がしますが、私はカオスになりそうな要素も恐れずに書いていますね。
東畑 『イラク水滸伝』では最初の章に、ユダヤ教から派生した古代の新興宗教マンダ教のことが出てきますよね。僕はマイナーな宗教に心惹かれるのでとくに興味深かったのですが、マンダ教徒の舟大工を探して伝統的な舟をつくろうと巨大湿地帯に挑んでいくなかで、後半マーシュアラブ布の謎が物語をドライブする。
イラクと聞くと戦争のイメージが強く、“水滸伝”とあって武装勢力の話と思いきや、古代シュメール人の文化を温存した平和な湿地民の生活が描かれているし、イスラムを逸脱したような自由奔放な布の世界が広がる。要素がすごく多いのに、一気読みできるドライブ感があって本当にすごいと思いました。
高野 『野の医者』の構造って、じつは『イラク水滸伝』にすごく近い気がするんですよ。沖縄のスピリチュアルヒーラーたちってすごいカオス(笑)。その中に入っていってもまず誰に取材したらいいかわからないし、何を目指してどう話を聞いたらいいのかわからない。
東畑 はい、カオスそのものでした(笑)。
開かれたアジール(逃げ場所)
高野 そんな野の医者はアジール(逃げ場所)にもなっているのがすごく興味深い。貧困や家庭の不和や様々な問題で心を病んだ人たちが逃げてくる「心理的な避難所」であると同時に、心を病んだ人たちが今度は自分で野の医者になり、そこでお金を稼げるという経済的な逃げ場所にもなっていて。
それって、社会から疎外されたマイノリティや政府に反目するアウトローたちの逃げ場になってきたイラクの湿地帯ととてもよく似ているんです。
東畑 すごく面白い共通項ですね。野の医者の世界は、当時苦境にあった僕自身にとってもアジールでした。無職で社会の中で居場所がなく、自分が何者なのかもわからず荒れていた時期、彼らの世界にいるときには「居るのがつらくなかった」。誰にたいしてもウェルカムで、みんなに何らかの物語が付与される、開かれた避難所でした。
そんなオーソドックスな臨床心理学の外側にある、まさに湿地帯のようなカオスの世界を描き出すにあたって、普通の学問の言葉で書いてしまうと面白さが伝わらない。高野さんの書き方に強くインスパイアされたのも、オルタナティブなものをどうやったら書くことができるのか?という問いがあったんです。
社会学の書き方では悲惨な話になってしまうし、人類学の記述では楽しそうな感じがしない。でも高野さんのブリコラージュ的な手法なら、悲惨な面があっても、オルタナティブな領域にある野生の楽しさが伝えられるじゃないかと。
「徘徊」という取材方法
高野 話を聞くのも、書くのも、何よりブリコラージュでやったほうが圧倒的に楽しいんですよね。カオスな場では、かっちりインタビューをして話を聞こうとしたって、相手の頭の中がクリアに言語化されているわけでもないし、本質を語ってくれるとも限らない。その昔、早逝したノンフィクション作家の井田真木子さんが「自分の取材方法は徘徊だ」と言っていて、当時は「意味がわかんない」と思っていたけど、ずいぶん経ってから、僕も同じ方法だと気づいたんですね。取材する相手のまわりを、うだうだと徘徊している(笑)。
うだうだ感ってすごく大事で、友達や家族とはとくに用がなくても一緒にいるじゃないですか。つまらないことで喧嘩したり、小言をいったりしながら。そういう時間のなかに溶け込んではじめて、そこにある世界観が描ける気がするんですね。
東畑 それは日常ですね。高野ワールドの魅力は日常性なのかもしれない。イラクという謎を解くために、高野さんがそこで日常を営む。すると、その日常にこそ謎の答えがある。これはよく考えると、人類学のフィールドワークの基本であり、奥義だと思いました。今日は貴重な創作術をお聞きできて、とても刺激的でした。
高野 こちらこそ、ありがとうございました。
高野秀行(たかの・ひでゆき)
ノンフィクション作家。1966年東京都生まれ。ポリシーは「誰も行かないところへ行き、誰もやらないことをし、誰も書かない本を書く」。『幻獣ムベンベを追え』(集英社文庫)でデビュー。『ワセダ三畳青春記』(集英社文庫)で酒飲み書店員大賞、『謎の独立国家ソマリランド』(集英社文庫)で講談社ノンフィクション賞等を受賞。他の著書に『辺境メシ』(文春文庫)、『幻のアフリカ納豆を追え!』(新潮社)、『語学の天才まで1億光年』(集英社インターナショナル)などがある。
東畑開人(とうはた・かいと)
臨床心理士。1983年東京生まれ。専門は、臨床心理学・精神分析・医療人類学。京都大学教育学部卒業、京都大学大学院教育学研究科博士後期課程修了。精神科クリニックでの勤務、十文字学園女子大学准教授などを経て、現在、白金高輪カウンセリングルーム主宰。著書に『日本のありふれた心理療法』(誠信書房)、『心はどこへ消えた?』(文藝春秋)、『聞く技術 聞いてもらう技術』(ちくま新書)など。『居るのはつらいよ』(医学書院)で第19回(2019年)大佛次郎論壇賞受賞、紀伊國屋じんぶん大賞2020大賞受賞。
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