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「現代の冒険は2種類ある。1つは極地、もう1つは……」稀代のノンフィクション作家と発酵デザイナーが語る“自由への道”

「現代の冒険は2種類ある。1つは極地、もう1つは……」稀代のノンフィクション作家と発酵デザイナーが語る“自由への道”

川内 有緒,小倉 ヒラク

川内有緒×小倉ヒラク

出典 : #文春オンライン
ジャンル : #ノンフィクション

 小屋作りのDIYとアジアの発酵食文化はどこか似ている!? 新著『自由の丘に、小屋をつくる』を上梓したノンフィクション作家・川内有緒さんと、同時期に刊行された『アジア発酵紀行』が話題の発酵デザイナー・小倉ヒラクさんがフリーダムに語り合った。

◆◆◆

最初の接点は「暇なときに一度敷地を見に遊びにきたら?」

小倉 有緒さんとは家族ぐるみで親しくさせて頂いていますが、最初のご縁は約6年前の2018年の初めでしたよね。妻から突然「小屋を作りたい人がいる」って紹介されて(笑)。

川内 そう、あれはまだ娘が1歳の頃、私がある日突然小屋を作ろうと思いついたんですね。私たちはどっぷり消費社会につかってなんでも買えるけど、ちょっとつまらないなぁと感じていた時期に、DIYで娘の家具を作った延長で、今度は小屋に挑戦しよう、と。

 どんな土地に建てるのがいいのか探している中で、「暇なときに一度敷地を見に遊びにきたら?」とヒラク君の妻の小野民さんから声をかけて頂いたのが最初の接点でした。

川内有緒さん(真ん中)と小倉ヒラクさん(右)、DIYの小屋の前で

小倉 僕は2015年に山梨県の山の中に移住したのですが、家を買ったら敷地のすぐそばに100坪くらいの農地がおまけでついてきた。有緒さんの本の中で「自由の丘」と名付けられたその場所は大菩薩峠の登山口のすぐ近くで、目の前に渓谷が広がるロケーションなんですが、ちょっと持て余していて、すすき野状態。そこに書斎兼発酵研究のラボを作ろうと計画していたから、ちょうどいいタイミングだった。

川内 すすき野というよりジャグルじゃない?(笑)。見に行ったら条件とか何もなくて、ヒラク君がささっとその場で絵を描いて、「このへんに小屋建てちゃえば?」というざっくりした話から始まって。

 最初、トトロの森のような場所でツリーハウスを……なんてイメージもあったけど、近隣に資材を買える場所があって、道路も通っていて、周りに人もいて、ロケーションは絶景という、絶妙なバランスの場所に出会えたのは幸運でした。

小倉 新宿から車で1時間半くらいで、生活環境としてそこまでハードでないのに、人里はなれている感もあってちょうどいいでしょ(笑)。そこでまず最初に僕たちがやったのは敷地の草刈りと土木工事でしたね。

すべて人力でやった縄文時代のような整地作業

川内 普通は重機を入れてやるところを、私とヒラク君とお友達数人の人力で土地をならすから、すごくキツかった! なかなか土地の水平がとれなくて、「こっちを3センチ高くして」とかって言われ盛ったら、今度は「こっちが高くなりすぎた」という繰り返しで、最後はもう古墳みたいになって。

川内さんの夫の川内イオさん(真ん中)と小倉さん(手前)

小倉 傾斜地だったからまず水平の土台をつくらないといけなくて、まるで縄文時代のようなことして楽しかったよね。最初の半年間で、草刈りして、一度全部土を掘り起こして木の根っこを取り除いて整地して、その後にお濠を掘って、台地を作って、基礎を埋めた。

川内 「城づくりでなぜお濠が必要だったかが分かった!」とか言いながら、いちいち感激しながら作業したのを覚えています。私もヒラク君もある意味適当で、思いついたらすぐやろうという性格。それが二乗になって、最初に突っ走るスターターになった気がします。計画を立ててからじゃなく、いま始めちゃおうぜみたいなノリだったからこそ挑戦できたんだと思う。

アナーキーな仲間たちが自然発生的に集ってきて……

小倉 有緒さんのお友達の大工の丹羽さんが現れたところから、小屋作りが一気に進みましたよね。水平器の使い方とか壁の作り方とかをきちんと教えてくれる人がいて、無軌道、無計画なんだけど、方向性を持って作業を進めることが少しずつできるようになってきたのが2019年の春頃でした。

川内 丹羽さんの出現は大きかったなぁ。「ここはこうしたらいいんじゃないですか」とやり方を教えてくれるから、トライ&エラーで自分のスキルも段々上がり、進化していった。この歳になって新しいことを始める喜びを知りましたね。

 途中でツーバイフォー工法で建てると決めて、これなら家具づくりの延長で自分でもできそうという手応えがあった。でも、とにかく材料が重くて、パーツは3メートルくらいあるし、腰は痛いし、暑いしで、全工程の中で一番きつかったなぁ。

みんなで壁パネルを建てる

小倉 このあたりから、いろんな愉快な仲間たちがぞくぞくと集まってきて、チームが組まれていきましたよね。

川内 「手伝いに行きますよー」って常識にとらわれない、ちょっとアナーキーな人たちが自然発生的に集ってきて、愉快に過ごして去っていくみたいな好循環が生まれて。

小倉 有緒さんの新刊『自由の丘に、小屋をつくる』には、そんな愉快な仲間たちがいっぱい出てきて最高なんですけど、コンポスト・トイレ(微生物の力で排泄物を分解するトイレ)を作りに来てくれたパリ在住のアーティスト、ブルーノとエツツとか印象的でした。

 その頃、僕のラボのほうも結構出来上がってきていて、太陽光発電のオフグリッド電源をいれて、自分で電気もまかなえるようにしたから、トイレや小屋も含めて敷地全体をどうやって設計するかにみんなが燃えていた時期でしたよね。

DIY精神はアジアの発酵食文化にも深く根付いている

川内 どうやって敷地全体をいい遊び場にしていくかという方向になっていって、大工の丹羽さんが新しい小屋を作ったり、小屋仲間たちがウッドデッキをやガーデンテーブルを作ったりして、どんどん増殖していって(笑)。

 振り返ってみると、最初自分にはちょっと難しいかな、できないかなと思ってたことも、行き詰まるたびにいつも誰かが必ず助けてくれて、実際できてしまった。人はやろうと思ったら何でもできるという、おかしな自信がつきました。

 このDIY精神って、小屋の話に限らず、なんにでも応用できるものだと思うんですよね。本を書くことだって、DIYそのもの。自分自身の意志で、取材して素材を集めて、土台を構成して、執筆して、失敗してやり直して、なんとか出版して、さらには本に関連して映画までつくって……みたいな自分でやる面白さに目覚めると、なんでも自分でやってみたくなる。出来ないときは、きっと誰かが助けてくれるし、「助けて」って言えばなんとかなったりするものだから。

小倉 なんでも自分の手でやる、そこにあるものを活かして創意工夫するDIYの精神ってアジアの発酵食文化にも深く根付いていて、共鳴するものを感じます。

チベットでは茶葉を突いてバターと混ぜて淹れる ©小倉ヒラク

 発酵食ってつまるところその地にあるものを使って、生き延びるための知恵なんですね。たとえばチベットのバター茶は、茶葉を発酵させることで栄養たっぷりにしてバターと混ぜた究極の高地サバイバル食だし、塩がきわめて入手しづらいインドの辺境地では、まるでなれずしのように魚を発酵させてうまみ調味料として使っていたりする。その土地の人が知恵を絞って自らの手でつくり出してきたのが発酵食文化の強みだったりします。

米の糀のルーツを探しに雲南省の「茶馬古道」へ

川内 なるほどね、DIY精神が発酵食の工夫を生んできたわけだ。小屋を作っている数年間、「今回の旅もすごかったー」とヒラク君から断片的に話は聞いていたけど、『アジア発酵紀行』で初めてその全容がわかって、すごく面白かった。大工の丹羽さんが加わった2019年に最初の雲南省の旅に行ったんですよね。

小倉 そう。僕が専門の米麹、甘酒とか日本酒で使われている米の糀のルーツを探したくて雲南省に行ったんです。というのも、僕が学んだ東京農業大学の醸造学の先生たちが中国雲南省に日本の発酵文化のルーツがあるんじゃないかと論文に書いていて、長年ずっと気になっていたんですね。チベットから雲南省を縦断する「茶馬古道」を歩いていければ、日本の発酵文化のルーツを辿れるんじゃないかと思ったのが旅の出発点です。

山間に少数民族が暮らす雲南省の辺境地 ©小倉ヒラク

川内 いろんな少数民族のユニークな発酵食の描写には、わくわくしました。

小倉 でも雲南省では米麹のルーツは見つけられず、先生たちの見立ては仮説だったのかなぁと思ってた矢先、ルイリーというミャンマーと中国の国境地帯の都市で、甘酒を売っているおばさんに会うんですね。パスポートなしでミャンマーと行き来している行商に。

 そのときピンときて、茶馬古道には雲南省南部のシーサンパンナからチベットのラサまで抜ける北ルートの他に、途中で分岐してミャンマーを超えてインドまでいく西ルートがある。それは西南シルクロードの道とかぶるのですが、甘酒を作っているということは、このルートに米麹文化の源流があるかもしれないぞと思ったんですね。茶馬古道の北ルートと西ルートの合流地点のネパールから辿ったのが2回目の旅でした。

川内 面白い展開ですね。現地の人たちのちょっとした情報をヒントに「あそこに行ってみよう」みたいな旅の仕方が素晴らしいなって思う。こんなお酒を造っている人がいる、あんな発酵食を作っている人がいる、という出会いの連続こそ旅の醍醐味ですね。

小倉 有緒さんのノンフィクション紀行『バウルの歌を探しに』も、バングラデシュを起点に、どんどんディープなところに入っていく作品じゃないですか。ベンガル地方で歌い継がれてきたバウルの歌の秘密を追って、次々と出会いの中で展開する。

 ことノンフィクションでは、わりとでたらめに旅をする大切さというか、自分の前提の知識を信用しないで、現地の人の言葉を頼りに、絶対に日本にいたらプラン立てて行こうとしない場所に行くことが作品を面白くすると強く実感しました。 

死の危険と隣り合わせだったマニプルの旅

川内 本当にそう。私は、最後のインドのマニプルの章が一番ワクワクした箇所で、自分もバングラデシュを何度も旅していたから、情景がすごく思い浮かんできました。忘れもしないのが、ヒラク君がちょうどマニプルを旅していたとき、たまたま小屋にいたら、本にも出てくるインド在住の映画監督・佐々木美佳さんから、「ヒラクさんとしばらく連絡とれなくなるかもしれないけど、心配しないでとご家族に伝えてください」という謎の伝言を受け取ったんですね。それをよくわからないままヒラク君の家族に伝えました。

小倉 民族紛争が勃発したマニプルでは、そのとき本当に死の危険と隣り合わせで、僕的にはすごい真剣だったんだけど、周りはみんな「またヒラク君が変なところ行ってるんだね」くらいだったでしょ?(笑)

マニプルの伝統的な製法で糀をつくる小倉さん ©小倉ヒラク

川内 そう、奥さんのタミちゃんに伝えたら、「そうだよね、インド行ってんだよね~」と、落ち着いた反応。みんなでわいわい焚火をしながら、「ヒラク君、いま遠くの星の下でなにしてるんだろうね」と話したのを覚えています。やっぱり今回の旅は、今までになかったようなディープさで、奥に踏み込んだ感じがありました?

小倉 今までも日本各地の珍しい発酵食を探してディープな旅をしてきたけど、今回は、僕たちが現代文明で信じている秩序が及ばない、多民族すぎてコモンセンスがなく、共通する言語もない場所。分断と戦いを繰り返してきた長い歴史があって、ものすごい矛盾を抱えてる地に踏み込んで、自分で何とかしなくちゃいけない状況は段違いでしたね。

川内 それって怖いけどワクワクするというか、怖さの向こうに行く喜びもあるよね。

世界にも日本にもまだ「空白地帯」がある

小倉 訳わかんないところまで冒険したい、どこまでも行って、訳わかんないアナーキーな状態下も突き進んでいきたい、みたいな自由への願望って生き物として人間にプリセットされているんだと思う。

 現代における冒険は2種類あると思っていて、1つは南極とか北極のような極地を旅しますという方向性で、その究極は宇宙だと思う。地球上の極地はもうほとんど情報化されてしまっているけど、もう1つの方向性は、世界の「空白地帯」。

 今回、雲南省からインドのコルカタあたりにはどでかい謎の空白地帯があることがわかって、中華の秩序も、ヒンドゥーの勢力も及ばない中間地帯に、少数民族がひしめいていて、二大勢力とは全く別ルールで生きている。現代人はアクセスしづらいし、現代的な感覚ではよくわからない空白地帯がまだ世界にはいくつかあって、それがもう1つの冒険の極だなと思ってます。

川内 いまはあらゆるところが調べられていて冒険らしい冒険をするのが難しい時代だけど、挑戦の余地はまだまだある。空白地帯というのは本当にそうで、誰もまだ調査していないテーマを追っていくこともできるし、日本にいても、固有のテーマを自分なりに掘り下げれば、いまいる場所でも冒険できると、私はいつも考えています。

自由への道をひらく冒険へ

小倉 有緒さんにとって、小屋を作るのは、冒険でしたか?

川内 小屋作りは、ひとつの家族の冒険という感覚です。自分の冒険というよりは、家族としてみんなで何ができるのかなと考えて、自分たちが自由に楽しくいられる場所が欲しかった。もちろんそこには、母でもなく、作家でもなく、自分であり続ける活動って何だろうっていうところで、小屋DIYが出てきたのもあるけれど。

完成した居心地のいい小屋

小倉 家族で、新しい世界をみんなで共有しよう、見たことのない景色をみんなで見ようという自由への道をひらく冒険ですよね。僕もその冒険の一部に関われて非常に楽しかったです。

川内 本当に楽しい時間だった。楽しさって、やっぱり最強だなって思う。楽しければ、人間はなんだって続けられるし。

小倉 じゃあ、また続きは今度小屋で焚火でもしながら話しましょう。

川内 お互いの冒険話をまたぜひ!

川内有緒『自由の丘に、小屋をつくる』(新潮社)
小倉ヒラク『アジア発酵紀行』(文藝春秋)

川内有緒(かわうち・ありお)
1972年、東京都生まれ。ノンフィクション作家。映画監督を目指して日本大学芸術学部へ進学したものの、あっさりとその道を断念。渡米後、中南米のカルチャーに魅せられ、米国ジョージタウン大学大学院で中南米地域研究学修士号を取得。米国企業、日本のシンクタンク、仏のユネスコ本部などに勤務し、国際協力分野で12年間働く。2010年以降は東京を拠点に評伝、旅行記、エッセイなどの執筆を行う。『バウルを探して 地球の片隅に伝わる秘密の歌』で新田次郎文学賞、『空をゆく巨人』で開高健ノンフィクション賞、『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』でYahoo!ニュース│本屋大賞 ノンフィクション本大賞を受賞。他の著書に『パリでメシを食う。』『パリの国連で夢を食う。』など。

小倉ヒラク(おぐら・ひらく)
1983年、東京都生まれ。発酵デザイナー。早稲田大学文学部で文化人類学を学び、在学中にフランスへ留学。東京農業大学で研究生として発酵学を学んだ後、山梨県甲州市に発酵ラボをつくる。「見えない発酵菌の働きを、デザインを通して見えるようにする」ことを目指し、全国の醸造家や研究者たちと発酵・微生物をテーマにしたプロジェクトを展開。絵本&アニメ『てまえみそのうた』でグッドデザイン賞2014受賞。2020年、発酵食品の専門店「発酵デパートメント」を東京・下北沢にオープン。著書に『発酵文化人類学』『日本発酵紀行』『オッス!食国 美味しいにっぽん』など。

単行本
アジア発酵紀行
小倉ヒラク

定価:1,760円(税込)発売日:2023年11月14日

電子書籍
アジア発酵紀行
小倉ヒラク

発売日:2023年11月14日

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