- 2024.01.16
- 読書オンライン
「いえ、デキていません」しゃべり続ける政治家・ハマコウさんを遮るには…阿川佐和子の『TVタックル』番組進行での“バトンの奪い方”
阿川 佐和子
『話す力 心をつかむ44のヒント』より#1
インタビュアーを30年以上続けている阿川佐和子さんが贈る、とっておきのコミュニケーション術とは——。2012年の刊行後、230万部を超えるベストセラーとなった『聞く力』に続くシリーズ最新刊、『話す力』(文春新書)より一部を抜粋して紹介する。(全3回の1回目/続きを読む)
◆◆◆
「おっしゃる通り」でご機嫌に
昔々、父(作家の阿川弘之)とイタリアを旅行したときに、現地駐在の方が迎えてくださいました。空港のお迎えからホテルのチェックインに至るまで、それは見事にアテンドして、さあ、街に出て晩ご飯を食べようという段になったら、ご自身の運転する車で私たち親子を乗せておいしいレストランへご案内くださいました。その道すがら、父はかつて訪れたことのあるその街の思い出話などを語りつつ、
「ここの路地を入ったところに、うまいスパゲッティを食わす店があったんだけど、なんて名前のレストランだったかなあ」
独り言のように言い出しました。すると、
「ありました、ありました。おっしゃる通り、スパゲッティのうまい店でした。まだあると思います。名前は……ええと、あとで調べておきます」
間髪を容れず、父の話に同調なさる。またしばらく行って、
「ほほお、ここらへんは雰囲気が少し変わりましたかねえ」
父がそう言うと、
「おっしゃる通りです。だいぶ変わりました」
案内役のその方は、たくみに父の気持を汲み取って、共感してくださいます。おかげで父は大満足。上機嫌でその街を後にすることができました。
娘の私は反省し、その後、「おっしゃる通り」君を真似することにしました。なにしろ、父が何かを言い出すと、私が「えー?」とか「そっちですか?」とか「今すぐ?」とか、いちいち反論したり怪訝な顔をしたりするものだから、父はだんだんイライラしつつあったところです。そうか、とりあえず全部、肯定する。それも謙虚に明るく! 旅先で父に勘当されても困りますからね。
心の中とは裏腹なことも多々ありましたが、私は実行してみました。
「おい、今夜は中華を食いに行くか?」
すると私はすかさず、
「おっしゃる通り。中華料理がいいですね」
父が、
「今日は天気が悪いなあ」
「おっしゃる通り」
「○○さんへの土産はどうするかなあ。絵葉書ってわけにもいかんしなあ」
「おっしゃる通り、おっしゃる通りです」
なにを言われても「おっしゃる通り」で通していたら、そのうち父は、
「お前、俺を茶化しているのか。いい加減にしろ」
不機嫌になってしまいました。おっしゃる通りにしていたのに……。
父娘の関係だと近すぎてうまくいかなかったのかもしれませんが、他人同士の場合、「同意」や「共感」をしてもらうとグッと会話のモチベーションが上がりますよね。
『TVタックル』でのバトンの奪い方
私がMCを務めているテレビ番組『ビートたけしのTVタックル』では、出演者は基本的に喋りたい人だらけなので、むしろ「いっぺんに喋らないでください!」と注意喚起しなければならないことのほうが多くなります。でも司会の私ひとりの力ではどうにも収まらないこともあり、ゲストの方々はそれぞれに知恵を絞って自分の発言時間を作ろうとなさいます。その中に、なかなか自分の番が回ってこないとわかると、今、喋っている人に向け、
「○○さん、おっしゃる通り。本当にそのご意見、ごもっとも!」
大きな声で賛同する方がいたのです。するとそれまで発言権を独占していた人が、まあ、当時はだいたい自民党の浜田幸一さんでしたが、ふっと力を抜く。言葉を止めて、ん? 俺に賛成してくれているのか? と気をよくする。その一瞬のタイミングを逃すことなく、続いてこう切り出すのです。
「まことにおっしゃる通りなんです。ただ、僕はちょっとだけ違う意見を持っていまして……」
そこから一気に発言のバトンを奪ってしまいます。なんと上手な奪い方でしょう。あのときは感動しました。ハマコウさんは、まるで鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔をしていらっしゃいましたけれど。
ハマコウさんを遮るには
そうは言っても、自分の話を突然、中断させられたら、誰だって愉快な気持はしないでしょう。これも『TVタックル』の番組内でのことですが、ハマコウさんがあまりにも一人で喋り続けていらっしゃると、他のゲストが口を挟めなくなってしまう。そういうとき、スタジオにいるディレクターから司会進行役の私にサインが飛んできます。
「他のゲストに発言を振って!」
そう言われても、気持よく語り続けているハマコウさんを止めるのは難しい。でもディレクターの指示を無視するわけにもいかない。困った末、私はハマコウさんの顔をじっと見つめました。すると、いくら一気呵成に話し続けていても、ときどき息継ぎをなさることに気づいたのです。ハマコウさんが大きく息を吸い込みます。今だ! 私は勇気をふるってそのタイミングに、
「三宅(久之)さんは、どう思われますか?」
強引に割り込みました。すると政治評論家の三宅さんが、
「そうですねえ。僕としてはねえ」
うまくハマコウさんから三宅さんにバトンを移すことができました。
気をよくした私は、その後、この手を何度も使いました。ハマコウさんが一人で喋り続けているなと思ったら、息継ぎのタイミングを見計らい、
「三宅さんは、どう思われますか?」
いくら強気のハマコウさんも、同年代の三宅さんに「黙ってろ!」と怒声を飛ばすことはできません。渋々の顔で引き下がってくださいます。
あるとき、いつものように「三宅さんは……」と口を挟んだら、ハマコウさんが私の顔を睨みつけ、おっしゃったのです。
「あんたは、私がこれからいちばん大事な話をしようというタイミングにかぎって、いつも『三宅さんは?』『三宅さんは?』と口を挟むのはどういうことだ。三宅とデキてるのか」
そうられたので、私は静かにひと言、お返ししました。
「いえ、デキていません」
ハマコウさんのお怒りはごもっとも。でも番組進行役の私としては、お話をさえぎらないと、他のゲストの皆さんが黙ったままで番組が終わってしまうので、しかたがなかったのです。
話の再開を促してあげる
テレビ番組の討論の場だけではありません。せっかく自分が話しているのに、何かの都合で、話をさえぎられるという場面はよくあります。
たとえば、パーティ会場で、誰かと話をしている最中に、
「あああ、○○さん、お久しぶり!」
新たな人物が登場し、それまで私の話に耳を傾けていた人の関心がそちらへ移ってしまい、話の続きをどう始末したものかと戸惑うことがあるでしょう。
あるいはレストランにて、お喋りをしていたら、
「お話し中に失礼いたします」
運ばれた料理の説明が始まって、ひとしきりの説明が終わると皆がナイフとフォークを持ち、食べることに集中し始める。さて、さっきの話の続きをしたものか、しないほうがいいか。
迷うところです。料理の説明が終わった途端に、
「でね」
話を再開することが、できないわけではない。でもそこまで強引に話題を戻す必要があるほどの内容でないと思うこともあります。とはいえ、ハマコウさんじゃないけれど、これからこの話の面白みが出てくるところだったのにと、消化不良の気持になってしまう。
モヤモヤした気持を抱えつつ、判断はそのときどきの状況に合わせます。もはやその場の雰囲気が、私の話を求めていなさそうだと思えば、諦めます。でも、中断されたせいで拗ねてしまったのではないかと周囲に勘ぐられるのも癪ですよね。
ずうずうしく再開するか。拗ねた気分を押し隠し、潔く引き下がるか。
そんなとき、
「それで?」
さりげなく話の再開を促してくれる人が一人でもいると、私はその人に抱きつきたい衝動にかられます。なんて優しい人なんだ。私のくだらないお喋りの続きを聞きたいと思ってくださるなんて。まるで天使だ! 女神だ! マリア様だ! 男性なら、仏様かダライ・ラマ様だ!
だからね、私も逆の立場になったときは、話を中断させられた人がいると気づいたら、助け船を出すように心がけております。
「で、さっきの話の続きは?」
たったひと言で、そのあとの会話がどれほど愛と平和に満ち溢れたものになるか、想像してみてください。
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