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「スリリングで昭和なのに新鮮、有吉作品にハズレなし!」――令和のベストセラー・有吉佐和子『青い壺』を読んだ気鋭の作家・嶋津輝が憧れる「掃除係のシメさん」とは?

「スリリングで昭和なのに新鮮、有吉作品にハズレなし!」――令和のベストセラー・有吉佐和子『青い壺』を読んだ気鋭の作家・嶋津輝が憧れる「掃除係のシメさん」とは?

嶋津 輝

45万部突破! 有吉佐和子『青い壺』

出典 : #文春オンライン
ジャンル : #小説

「こんな小説を書くのが私の夢です」――原田ひ香さんが憧れた幻の名作、有吉佐和子『青い壺』が奇跡の復刊を遂げ、令和のベストセラーになるまで〉から続く

 昭和の名作家・有吉佐和子の長編小説『青い壺』が、令和の時代に大ブレイク。現在45万部を超える大ベストセラーになっている。

 惜しくも受賞を逃したが、第170回直木賞で候補作となった『襷がけの二人』が選考委員から「読書の喜びを満喫できる、魅力的な作品だ(三浦しをんさん)」、「市井の片隅に生きる女たちの世界を、女でしか書けない視点で描いた作者の勇気と筆力に感動した(桐野夏生さん)」と絶賛された気鋭の作家・嶋津輝さんは、10代のころから有吉佐和子さんの大ファン。久しぶりに『青い壺』を再読し、改めて有吉ワールドの魅力に浸ったようだ。 


『青い壺』(文春文庫)

再読する前から面白いことはわかっていた

 三十年ぶりに『青い壺』を読んだ。壺をめぐる連作短篇である、ということ以外は記憶から抜けていたが、再読する前から面白いことはわかっていた。なにしろ、有吉佐和子作品なのである。

 長州力の話すアンドレ・ザ・ジャイアントの逸話がハズレなく面白いのと同様、有吉作品にもハズレはない。二十代のころ書店に並ぶ有吉佐和子の文庫本のほとんどを読んだ私は、そのことをよく知っている。
 
 有吉佐和子の豊富な作品群は、大河ドラマ向けと昼ドラ向けに大別される印象だ(なぜか朝ドラ向けは存在しない)。数としては大河が優勢だが、『青い壺』は、『不信のとき』や『夕陽ヵ丘三号館』なとど並び少数派の昼ドラ向けのように思う。
 
 大河と昼ドラにそれぞれ異なる面白さがあるように、有吉作品はどのジャンルにおいても私を惹きつける。
 
 重厚な長編ではタイムスリップのごとく主人公をとりまく世界に入り込めるし、軽めの現代ものは先へ先へ頁をめくらせる牽引力に充ちている。癖がなく巧い文章は大長編でもすらすら読ませ、登場人物の会話はときにユーモラスで味わい深い。膨大な取材や時代考証に裏打ちされた知見が散りばめられているのも魅力のひとつだ。

 美点を挙げればキリがないが、なかでも私がこよなく愛するのは、大河・昼ドラ向けどちらのタイプにも通底する「生活感」である。

生活習慣からにじみ出る人間性が、ことごとく面白い

嶋津輝さん

 しばし自分語りを許していただきたい。

 私は、他人の生活に妙な関心がある。他人が何を食べ、家でどんな服を着て、どれくらいの頻度でバスタオルを洗うのか、見たいし知りたい。一般の人々のお弁当をただ載せた本を頻繁に開くが、品数が多く彩りの綺麗なものより、野菜炒めと白飯だけ、みたいな弁当に瞠目する。人の目を意識していない市井の人々の生活を覗き見ると、ひどく興奮してしまう。

 小説も生活感のあるものに惹かれる。北欧ミステリーの「ミレニアム」シリーズは1から6までもれなく面白いが、スティーグ・ラーソンの著した1と2が特別好きなのは、主要人物の食べているものや着ているもの、自室のインテリアなどがしっかり描写されているからだろう。

 個々人の考えを直接言葉で窺うより、生活習慣からにじみ出る人間性をじっとり観察したい。その対象は、架空の人物であってももちろん構わない。

スリリングで新鮮、描かれる人々の「旨味」を味わう

有吉佐和子さん

 「青い壺」は、この嗜好を充分に満足させてくれる小説だ。

 青磁の壺が作り出され、人の手から手へ転々としていくさまはスリリングである。壺の行方をはらはらしながら追っていくと、先々の持ち主の生活が実に細かいところまで描写されている。ある者は二人前炊いたご飯を電子ジャーで二日間保存し、ある者は風邪をひかないための用心で三泊四日の旅行中いちども風呂に入らない。夫とレストランに行く日、いそいそと美容院で髪をセットし美顔術を受ける妻もいる。昭和50年頃の行動様式は、そこを通過してきた私から見ても新鮮だ。

 壺の行き着く先には、市井の人々の生活がある。それがことごとく面白いのは作者の腕だろう。ある者の言動は恐ろしく、ある者は愛しい。そしておしなべて、出汁のような旨味がある。生活だけをじっと見つめてみれば、この世のすべての人間が滋味深いのではないかとハッとさせられる。
 
 ちなみに全13話中のマイフェイバリット・パーソンは、病院の掃除係のシメさんだ。いつかこんな人物が書きたいと思うと同時に、シメさんのような人間になりたいとも思う。朝から夕まで働いて、質素な晩飯を食べ、風呂を済ませたあと「極楽だな」と呟いて、寝入りばなだけちょっと鼾をかきいつもの一日を終える。還暦を過ぎたころ、私もシメさんになっていたい。

 やはり人の生活を覗き見るのは、この上なく愉しい。

文春文庫
青い壺
有吉佐和子

定価:781円(税込)発売日:2011年07月08日

単行本
襷がけの二人
嶋津輝

定価:1,980円(税込)発売日:2023年09月25日

電子書籍
襷がけの二人
嶋津輝

発売日:2023年09月25日

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