現在、国民年金の平均受給月額は約5万6000円と言われている。会社員が入る厚生年金の平均月額は、男性が約16万3000円、女性は約10万5000円だという。そこから有料老人ホームに入るための費用を捻出するのは、なかなか難しい現実がある。
ノンフィクションライターの甚野博則さんは自身の母親の介護をきっかけに、制度について一から調べ、全国の現場を訪ね歩いた。ここでは「介護業界のリアル」をまとめた『実録ルポ 介護の裏』(文春新書)を一部抜粋して紹介する。
介護費用に不安を抱える人が多くいる一方で、建設が相次いでいる“高級老人ホーム”。その実態とは――。(全4回の1回目/続きを読む)
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建設が相次ぐ“超高級”老人ホーム
世間では今、ハイグレードな有料老人ホームの建設が相次いでいる。入居一時金だけで1億円を超す施設や、建物内に温泉があることをウリにする施設、有名ホテルが食事を提供するレストランを併設した施設など、“高級”をウリにする老人ホームが乱立しており、介護の二極化が進んでいるのだ。
関西地方のとある高級老人ホームを訪れたのは2023年10月のことだ。自動ドアが開くと、高価そうな大きなシャンデリアが目に入った。床には大理石が敷き詰められており、厳かなクラシック音楽のBGMが流れている。左手のカウンターからスーツを着た女性コンシェルジュが「いらっしゃいませ」と声をかけてきた。
ここは関西でも有数の高級老人ホームだけあって、最もいい部屋は入居一時金だけで1億2000万円以上が必要だという。その他にも、毎月30万円以上の家賃がかかるというのだ。高価なソファーが置かれたロビー、ビリヤード場、麻雀室、リハビリを行えるジムなども併設している。
館内のレストランは、天井が吹き抜けになっており、全体的にシックなデザインだ。中央にはグランドピアノが置かれ、天気のよい日にはテラス席で食事をとることも出来る。まるで都心にある高級ホテルのレストランといった趣だ。施設にはクリニックも隣接しており、一般内科から整形外科まで複数の診療科がある。
「ここは交通の便も非常にいいところが気に入っています」
そう話すのは入居者の男性(82歳)だ。駅前にあるため電車やバスの利用に便利で、時間のあるときはショッピングに出かけるのが楽しみだと語った。当然、この施設に入居する人のほとんどは富裕層だ。経営者や士師業などが多いという。入居率は高く、見学者も多いと施設関係者は話した。
高級をウリにする老人ホームは「自立型」が多い。入居条件について、70歳以上で、要介護認定を受けていない人、としている施設が大半だ。比較的健康なうちに老人ホームに入居すれば、いざ介護が必要になった時、ホームでそのまま介護が受けられる。クリニックが併設され、医師や看護師が常駐している施設もあり、医療や介護の体制が整っているというのも高級老人ホームの特徴だ。
また、とにかく入居者を飽きさせない工夫が随所にみられる。様々なレクリエーションを用意、旬の食材を一流の料理人が調理していることをウリにした高級レストランを併設、時には施設のホールでクラシックのコンサートが開かれることもあるという。
さらに驚くのは、将来、こうした施設に入ることを決めている富裕層の中には、50代、60代のうちから手付金を支払って、部屋をキープする人までいるという。都心では入居一時金だけで3億円、4億円といった“超”がつくほどの高級老人ホームもある。ある高級老人ホームの担当者によれば、一般的なサラリーマンの入居者はほぼいないという。当然だが、高級をウリにする老人ホームは、これから老後を迎える富裕層をターゲットとしている。そのため施設の調度品からスタッフのマナーまで細心の注意を払い、ホテル以上のサービスを目指していると語った。
陽当たりがよく、テラスからの景色がいい部屋。ちょっとした力仕事が必要になれば、すぐにスタッフが駆けつけてくれる。毎日のように施設内の温泉で寛ぎ、体調に異変があれば、常駐している看護師が即対応をしてくれる。家族や孫など、急な来客があった時はレストランで特別料理まで提供してくれるなど、至れり尽くせりのサービスが受けられるのだ。
トータル金額の試算は不可能
こうした超高級老人ホームは特別だとしても、入居一時金が数千万円という施設は全国的にかなり多い。
「結局、老人ホームの値段なんて誰もわからないんですよ」
そう話すのは、82歳の近藤明さん(仮名)だ。この男性は、かつて何件もの老人ホームを見学し、入居を諦めたという。
「老人ホームは、最終的に総額でいくらかかるのか、明確に金額が示されていることはありません。これまでいろいろなホームを見比べましたが、いいなと思った施設は、だいたい入居金が2000万円前後でした。しかし、この金額だけをみて、高いか安いかの判断はできません。実際に入居した日数によって、退去後に入居金を返金してくれる施設もあります。夫婦で入居する際は2倍の入居金を取る施設もあれば、1.5倍でいいですよという施設もある。また、一般的には入居金が高いほど月額の費用が抑えられているので、どのくらいの期間入居するかによって、金額はぜんぜん違ってくるのです」
近藤さんのいうように、トータルでいくらかかるのかは人それぞれだ。では、そのトータル金額を自らで試算することはできるのか。
「できません。トータルの金額を試算するには、自分は何歳で寝たきりになり、何歳で死ぬのかをシミュレーションする作業が必要ですが、そんな不確実なことはわからない。また多くの施設は、介護が必要となった際には介護用の部屋に引っ越しをしなければなりません。入居した当初の自室で死ぬまで介護を受けられる施設はほとんどないのです。途中で引っ越しが必要になれば、月額費用も変わってきます。
さらに、死ぬのを看取ってくれる施設もあれば、看取りはしないと明記している施設もある。夫婦で入居した場合、自分が先に死んで妻が長生きするというケースも出てくるでしょう。そうなると今度は妻が何歳で寝たきりになり、いつ死ぬのかを考える必要も出てくる。トータル金額を試算するという作業は、こうした暗い話をシミュレーションする作業であるし、不確実な要素をあれこれ考えても意味がないと思うのです」
景観や食事が期待外れの施設も
また、近藤さんが老人ホーム探しをしていたときに違和感を覚えたのが、大袈裟な広告やパンフレットだという。
「パンフレットで見たイメージ写真に魅かれて、実際に見学にいくと、全然違うということもよくありました」
綺麗な建物で眺望もいいと思ったものの、実際に見に行くと老朽化が進んでいたり、眺望がいい部屋は最上階の南側のみで、あとは向かいの建物しか見えないという施設もあったという。特に施設がウリにしていた大浴場が、意外と狭いうえに全体的に薄汚れた感じで、がっかりした経験があると話した。
高級老人ホームで勤務経験のある職員はこう話す。
「高級感をウリにしている施設は、他と差別化するために、何か大きな特徴を前面に出して入居者を集めています。例えば大浴場、館内のレストラン、医療体制などをウリにしている施設が一般的です。私が以前勤めていた施設も、高級レストランをウリにしていましたが、綺麗なのは店構えだけ。実際に出しているのは、ゴムのような中国産ウナギだったり、冷凍食品だったりと、働いている私たちも酷いなと感じていました。入居者の方は、レストランで提供する料理がおいしくないことに気づいているのだと思いますが、そうしたことは見学者の方にはわからない。見学しても施設の良し悪しは見抜けないので、広告やパンフレットのイメージを鵜呑みにしない方がいいと思います」
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