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「認知症だから大丈夫」と骨折を放置…ベテラン介護士が目撃した、老人ホームで行われる“衝撃的な虐待行為”

「認知症だから大丈夫」と骨折を放置…ベテラン介護士が目撃した、老人ホームで行われる“衝撃的な虐待行為”

甚野 博則

『実録ルポ 介護の裏』より#2

出典 : #文春オンライン
ジャンル : #ノンフィクション

「シャンデリアに大理石」「高級レストラン併設」入居一時金だけで1億円…増える“高級老人ホーム”の知られざる実態〉から続く

「将来は施設に入ってゆっくり暮らしたい」自身の老後について、漠然とそう考えている人は少なくないだろう。しかし、少ない年金受給額による費用の問題もさることながら、老人ホーム職員による利用者への虐待という問題も顕在化してきている。

 ノンフィクションライターの甚野博則さんは自身の母親の介護をきっかけに、制度について一から調べ、全国の現場を訪ね歩いた。ここでは「介護業界のリアル」をまとめた『実録ルポ 介護の裏』(文春新書)を一部抜粋して紹介する。

 ベテラン介護士が語る、老人ホームで実際に目撃した衝撃的な虐待行為とは――。(全4回の2回目/最初から読む)

※写真はイメージ ©mapo/イメージマート

◆◆◆

「バレないから」と骨折を放置

「私なら絶対、こんな施設に入らない」

 そう話すのは関東郊外の特養(特別養護老人ホーム)で働く上田康子さん(仮名)。特養とは、日常生活において介護が必要な高齢者を対象とした介護施設のことをいう。50代の彼女は、これまで複数の介護施設に勤務してきたベテラン介護士だ。

「介護の世界は本当に酷いですよ」

 上田さんがそう話す理由の一つが、高齢者に対する“虐待”だ。

 東北地方出身の上田さんは約20年前から介護業界で働き始めた。以前は、派遣会社に登録して北関東のサ高住(サービス付き高齢者向け住宅)で介護士として働いていたという。現在の職場も正社員ではなく、所属元は派遣会社だ。その派遣会社と2か月ごとに契約を更新する雇用形態だと話した。

 介護業界に失望している彼女は、以前の職場での体験をこう振り返る。

「ある日、夜勤をしていたとき、夜中に入居者さんが部屋の外を歩いていて、怪我をしたことがありました。私たちが目を離した隙に、エレベーターホールで転倒してしまい、腕が変な方向に曲がってしまったんです」

※写真はイメージ ©moonmoon/イメージマート

 騒ぎに気付いて駆け付けた上田さんは慌てて、「すぐ救急車を呼びましょう」と古株の女性介護士に言ったが、それを拒まれたというのだ。そして古株の介護士は上田さんに、こう言い放った。

「この人は認知症だから大丈夫」

 大丈夫とはどういうことか。一瞬、言葉の意味を理解できなかった上田さんだが、古株の介護士の次の一言で、全てを理解し失望したという。

「本人は怪我をした状況も忘れるだろうから、室内で勝手に転倒していたことにすれば大丈夫」

 大丈夫なのは、入居者の怪我の状況ではなく、事故が起こったことはバレないだろうという意味だった。事故を隠蔽することで、責任を取らされなくて済むという、自分たちの保身に過ぎなかった。

 結局、救急車を呼ぶこともなく、入居者は自室に連れ戻されたという。だが翌朝には、腕がパンパンに腫れあがっていたそうだ。そのため、午前中に病院へ連れて行くことになり、そこで骨折をしていることが判明した。

「ちょうどコロナ禍で面会の制限をしていたので、家族の目もありませんでした。それをいいことに、夜中に部屋で転び、自分でベッドに戻ったみたいだと嘘の報告をして、事情を知る他の職員も、みんな知らないふりをしていました」(上田さん)

 虐待というと、介護者が単独で行っているのだろうと勝手なイメージを抱いていた。ところが上田さんの証言を聞くと、虐待が組織的に行われていることがわかる。現場の介護職、その上司や施設の責任者までもが虐待に関与していたのだ。

利用者を足で蹴とばす

 さらに、この施設で上田さんが目撃した虐待は他にもあるという。彼女は、若い男性介護士による暴力行為も目にしたことがあると明かしたのだ。

 例えば――。おむついじりを防ぐための介護用つなぎ服というものがある。服の上下が繋がった形状の介護用つなぎ服は、やむを得ない場合を除いて原則使用が禁止されている。上田さんの施設ももちろん使用が禁止されていた。利用者の身体拘束に繋がるからだ。そうした運用のルールを無視して、若い男性介護士が許可なく利用者につなぎ服を着用させていたというのだ。

 そうした行為自体、虐待にあたるが、この男性介護士は、さらに驚くべき暴挙に及んでいた。

 上田さんが続ける。

「ある日の夜、その男性の介護士が薄暗い部屋で、利用者さんを冷たい床の上に寝かせていたんです。そして……」

 男性介護士はつなぎ服を着せるのに手間取っており、イライラしていたのだろうか。横たわっている利用者を足で蹴とばしたというのだ。

「ちょっと、今、何したの!?」

 偶然、その瞬間を目撃した上田さんは、驚きながらも男性介護士を問い詰めたが、逆にこう凄まれた。

「虐待じゃないよ。周りも、みんなわかっているから、何も言わない方がいいよ」

 どんな理由があるにせよ、こんなことが許されるはずはない。そう思った上田さんは後日、施設の本社と県に通報の電話を入れた。いつ、誰が、何をしたか丁寧に伝えたが、本社や県の職員から、証拠はあるのかと問われ、何も答えられなかったという。その瞬間を録画していたわけでもなかった。結局、県から情報提供を受けた市が施設へ聞き取り調査を行ったが、この施設には何のお咎めもなかった。それどころか、施設は通報した上田さんを事実上の“クビ”にしたという。

「私は見たままを伝えましたが、その後、市がどういう調査をしたのかはわかりません。恐らく、この施設では虐待はなかったという結論になったのでしょう。私は派遣だし、『辞めてくれ』と言われても全然平気。そんな職場に何の未練もありませんよ。また別の施設に転職すればいいだけですから」(上田さん)

 彼女の証言は、介護施設内での虐待が見過ごされやすく、実効性のある監視体制が整っていない現実を示している。

高齢者への虐待は過去最多に

 2022年12月、厚労省は高齢者に対する虐待の状況をまとめた調査結果(令和3年度)を公表している。その結果によると、2021年度、介護老人福祉施設などの介護従事者による高齢者への虐待の相談・通報は2390件もあった。その中で実際に行政から虐待と判断されたケースは739件にものぼり、前年度と比較して24.2%も増え、過去最多となった。

 この厚労省の公表結果を受けて、当時の毎日新聞(2023年12月26日)は、虐待が増えた背景について介護事業所職員の「新型コロナウイルスへの感染防止対応などによるストレスの可能性」などと報じていた。

 だが、本当にそうだろうか。虐待と無縁の心ある介護職員にも、コロナのストレスくらいはあるだろう。私が取材をした介護職員は、「それならコロナが収束しつつある今、虐待が減ったかといえば、そんなことはないはずだ」と話し、こう続けた。

「表沙汰にならないケースも含めれば、コロナに関係なく、今も昔も多くの虐待が行われています。年々、虐待の相談や通報の件数が増えているのは、メディアの報道などにより、介護職員や利用者の家族の意識が変わってきたからでしょう。虐待に対する監視の目が厳しくなり、表面化するケースが増えたのだと思います。一方で、表沙汰にならない虐待も、まだ数多く存在しています。施設の中だけで処理してしまったり、介護士同士で見て見ぬふりをすることも多々ある。誰も見ていない場所で認知症の方に暴力行為を働く介護職員だっているでしょう。介護施設や職員による虐待隠しは、今後もなくならないと思います」

「一見すると、よさそうな施設でしたよね」しかし…評判がよくない老人ホームに潜入取材、同行したケアマネだけが“気がついたこと”とは〉へ続く

文春新書
実録ルポ 介護の裏
甚野博則

定価:1,045円(税込)発売日:2024年05月17日

電子書籍
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甚野博則

発売日:2024年05月17日

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