- 2024.06.27
- 読書オンライン
映画「ディア・ファミリー」と原作『アトムの心臓』。フィクションと実話の異なる味わい。松村北斗の演技が映画に与えたもの。
清武 英利
原作『アトムの心臓「ディア・ファミリー」23年間の記録』(文春文庫)
〈悪を断罪し続けた記者が「救われた物語」 映画「ディア・ファミリー」原作秘話〉から続く
余命宣告された娘のために、人工心臓の開発に取り組んだ家族のである映画「ディア・ファミリー」が公開された。完成披露試写では、主演の大泉洋が「愛する誰かのために何ができるのか、自分以外の人に何ができるのかという映画です」と語りかけて、観客を魅了した。
映画の原作『アトムの心臓「ディア・ファミリー」23年間の記録』の著者である清武英利が、映画と本の幸福な関係について綴った。
無名人の生涯と幸福な記録を描く
良く生きた人々の人生は、それを見届けた者の数だけ、この世界に幸せな記憶を残していく。
私が知り合った無名人たちは誰一人として、自分の生涯を書き残してくれ、などとは言わなかったが、彼らとその知人が抱える幸福な記憶を広く伝えるのが、ノンフィクションや映像の役割である。
ただ、「原作と映画と、どちらを先に見るべきか」と問われると、言葉に窮してしまう。母と通った映画館と本屋の遠い思い出が、私にはあるからだ。
テレビ愛知の情報番組「キン・ドニーチ」に出演したとき、その質問をまともに浴びた。この日の話題は、心臓病の次女佳美(よしみ)さんを救いたい一心で人工心臓づくりに挑んだ名古屋の筒井宣政(のぶまさ)一家の苦しく、しかし明日に向かう実話であった。
MCの長江麻美(まみ)アナウンサーは、この実話を描いた『アトムの心臓 「ディア・ファミリー」23年間の記録』(文春文庫)を読んで、目が腫れるまで泣いたという。
それをさらりと明かした後、彼女はこのノンフィクションを基にした大泉洋さん主演の「ディア・ファミリー」が6月14日から全国公開されるので、映画も原作も楽しみながら、筒井家の物語を知ってほしい、と言った。
「原作と映画、どちらを先に楽しむか?」
すると、番組の顔であるお笑い芸人の小島よしおさんが、
「(本と映画)どっちが先がいいですかね」
と原作者の私に振ってきた。
「悩みだなあ」と私が唸っていると、読書家の小島さんは「オレは本だな」。長江さんは「映画を見てからがお薦めです」と意見が割れてしまった。
番組は上映まであと2週間という時期だった。「(長江さんの説だと)上映まで原作本は買ってもらえないですね」と私が異議を唱えると、小島さんが笑顔で議論を引き取った。
「じゃあ、本を読んで映画、それからまた本にしましょう」
「大正解ですね」
映画「ショーシャンクの空に」「ミリオンダラー・ベイビー」を見て原作を読む
二人のMCの即妙の掛け合いを聞きながら、私は小学生のころ、母と見た映画を思い出していた。
「にあんちゃん」や「路傍の石」、「鉄腕投手 稲尾物語」……スクリーンを見上げながら、母は前列の暗がりに乗じて、驚くほどよく泣いた。
「にあんちゃん」では、画面の中で、両親を亡くした貧しい在日コリアン兄弟が懸命に生きていた。「路傍の石」では、吾一少年が自立した人間になろうともがいている。昭和の戦争が終結して10年足らず、庶民は貧乏で深い同情心を持ち合わせていた。
映画好きの母はハンカチをぐっしょりと濡らし、館内が明るくなると、腫れぼったい瞼のまま大通りの本屋に向かった。
そこで安本末子の原作『にあんちゃん 十歳の少女の日記』や、山本有三の小説『路傍の石』を買ってくれた。(「稲尾物語」のときには何を買ったのだろうか)
そのころから、映画の後に原作を読むのが習慣の一つとなった。だから、テレビ愛知の番組では、私は長江アナに与するべきだったのかもしれない。
そうして、映画「ショーシャンクの空に」の後に『刑務所のリタ・ヘイワース』を、「ミリオンダラー・ベイビー」を見てF.X.トゥールの短編集を、「トゥルー・グリット」でハヤカワ文庫を、「シンドラーのリスト」で、『シンドラーズ・リスト: 1200人のユダヤ人を救ったドイツ人』に巡り合った。
スティーブン・キングの作品は『スタンド・バイ・ミー』や『ミザリー』など映画から入ったものも多く、仕事に疲れると、キングの『書くことについて』を開いた。
「映画読書法」と呼ぶほどでもないが、映画に触発されて読んだ本は数えればきりがない。
『ノマドーー漂流する高齢労働者たち』や、NASAを支えた名もなき計算手たちを描いた「ドリーム」は映画も原作も胸に沁みた。
邦画は、「無法松の一生」(『富島松五郎傳』)に始まって、「武士の家計簿」や「おくりびと」に至るまで原作を探した。「おくりびと」に至っては、原作の『納棺夫日記』とノベライズ本の2を読んだ。
松村北斗の演技が、映画「ディア・ファミリー」に与えたもの
映画の後も読書の楽しみが続くのが良い。フィクションの映画と事実を追う原作、それぞれに違った味わいがあってもいい、という気持ちが私にはある。
それに映画の後の読書には、映画に登場した人物を原作に探す楽しみもある。松村北斗さんが演じた富岡進医師は、実在の吉岡行雄医師(現在開業医)をモデルにしているのだ。吉岡医師は、筒井さんが心血を注いだ日本初のカテーテル開発を助け、研究論文で博士号を取得した。
彼は「筒井さん(映画では坪井)、これを人体に使いましょう」と励ましたが、映画では松村さんが「このカテーテルなら、いけます」と叫んでいる。
熱血医師を松村さんが凛として演じたことで、映画に深みが加わったように思えた。
『アトムの心臓』に私は、筒井家の鈍感開発力や情愛に加え、佳美さんの生への希求と青春を書いた。これに対し、「ディア・ファミリー」は困難な開発と医局の葛藤、そして何よりも家族愛を正面から描いている。
そこが本と映画の異なるところだが、映画は悲しみの先に佳美さんの命と引き換えにした希望があることを押し出そうとしているのだろう。そこに映画人の気概を覚える。
映画読書法は、映画の感動をもっと深めたいという欲求であり、映画館の感激を記憶として深いところに留めたいという願いである。
本か映画か、どちらを先にするにしても、不可能に挑んだ一家と仲間が同時代に確かに生きていたーーそれを胸に刻んでいただければ、原作者としてこれに勝る幸せはない。
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『アトムの心臓「ディア・ファミリー」23年間の記録』を原作とする映画「ディア・ファミリー」が全国で大ヒット公開中!
主演:大泉洋/監督:月川翔/配給:東宝
映画公式サイト:https://dear-family.toho.co.jp/
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