〈特殊詐欺から連続強盗へ――。ITで素人を操り、粗暴な手口で手っ取り早くカネを狙う「デフレ型犯罪」はなぜ生まれたか?〉から続く
ITを駆使し、海外から実行役を操る特殊詐欺グループは、一見、高度な犯罪のように思える。しかし、その実態をつぶさにみると、「拙速」の一語があてはまる。バブル期から、バブル崩壊を経て、デフレ期に至る過程で、犯罪グループも、その手口も大きく変わっていった。長年、アウトローと経済事件の取材を重ねてきた著者が、その歴史を追い、実態を暴いた『特殊詐欺と連続強盗』(文春新書)を一部抜粋して紹介する。(全2回の2回目/1回目から続く)
連続強盗――外国人犯罪から素人犯罪へ
1990年代半ばから2000年代初めにかけて、全国で外国人(一部は日本人との混成)グループによる強盗事件が多発した。当初は中国人強盗団が同国人を襲う例が目立ったが、そのうち関東や近畿の高級住宅街などで日本人が襲われるケースが増えた。
こうした事件の背景にあったのは、身分偽装や密航船を用いた不法入国外国人の増加だった。「蛇頭」と呼ばれるマフィアの手引きにより日本へ密入国した中国人の不良グループは、もとよりその存在が日本当局に把握されておらず、警察の捜査も及びにくい。日本と中国の経済格差が、まだまだ大きかった時代のことだ。何件かの強盗を成功させて大金を貯め込み、秘密裏に帰国できれば、悠々自適の生活が待っていたのだ。つまりは「ヒット・エンド・ラン」の犯罪である。(略)
実は、外国人グループが起こした強盗や窃盗事件でも、裏で日本人のワルがからんでいたという例があった。そういったケースでも、日本人は捕まるリスクを恐れて実行役を避ける。どの民家に現金がありそうか、家族構成はどうなっていて、何曜日の何時ごろならば襲いやすいか──そうした情報を収集して外国人に提供し、強奪した金品の2割ほどの取り分で満足するのだ。
アウトローのカネ儲けはハイリスク・ハイリターンであるのが一般的だが、だからと言って、どこまでも高いリスクを取れるわけではない。
かなりの「ワル」であっても、強盗よりは窃盗のレベルで収めようとするのが“常識”だ。捕まった場合の量刑に、相当な差があるからだ。ましてや法定刑が「死刑」または「無期懲役」の強盗殺人・致死罪に問われるなど、まっぴらゴメンなのである。
犯罪の経験値が高いほど、自分が甘受できるリスクがどれくらいか、リターンとの間でバランスを取る計算に長けているものなのだ。
ところが近年発生した連続強盗からは、そうした計算の痕跡がほとんどうかがえない。レンタカーで現場周辺をうろうろして防犯カメラに記録されていたり、夜間に窓ガラスを割って周囲に気付かれたりと、まったく慎重さに欠けている。そもそも、住人が在宅しているのを知ったうえで押し入ったとしか思えない例が多く、強盗という犯罪のリスクの高さに無頓着なのだ。ある意味で、強盗の「劣化版」と言えなくもない。
本質は「性急さ」
こうした犯罪の態様をひとつの単語で表すならば、「拙速」という言葉がピッタリである。犯罪の素人たちが目の前の現金(あるいは貴金属)を手っ取り早くつかみ取るために、まったく思慮を欠いたまま闇の中に突っ込んでいったのだ。
そして、特殊詐欺に代表されるデフレ下の日本における犯罪には、いっそうの「手っ取り早さ」を求める傾向がありありと表れているのである。
すでに述べたとおり、一連の強盗を実行した者たちの背後には黒幕がいた。海外を拠点に特殊詐欺を繰り返した後、フィリピン当局により不法滞在の容疑で拘束されていたグループだ。彼らはワイロで自由を買うことのできる収容施設内に犯罪拠点を築き、匿名性が高いとされるメッセンジャーアプリなどを用いながら、ネット上の「闇バイト」求人で集めた実行犯たちを遠隔操作していた。
ではこの黒幕たちは、犯罪のプロフェッショナルらしくリスク計算が出来ていたのだろうか。筆者にはそうは思えない。むしろ稚拙とみなすほかない。実行犯たちが芋づる式に逮捕されたことで、指示情報の経路を追跡され、結局は正体を露呈してしまった。メッセンジャーアプリを使ったり海外から指示したりすることで、捜査をかわすことが出来ると思ったのかもしれないが、自分たちの犯罪手法の有効性を過信していたのだろう。
一般的には、特殊詐欺グループは緻密な印象を持たれているかもしれない。そうした面は確かにある。
現実として、特殊詐欺はなかなか減らない。特殊詐欺事件では幹部には捜査が及びにくく、トップの検挙が全体の1・9%にとどまることが、被害が減らない要因のひとつと言われる。「出し子」や「受け子」と呼ばれる現金の受け取り役を警察が捕まえても、身元の割れない“飛ばし”の携帯電話などで指示を出していた黒幕には捜査の手が及びにくいのだ。また、海外に拠点を設けてコストの安いIP電話や国際電話を使用し、日本国内の被害者からカネをだまし取る手法を取っていることで、捜査が難しくなっている部分は確かにある。
だが、一連の連続強盗事件を通じてわかったのは、こうした特殊詐欺グループの正体秘匿の「緻密さ」は相当程度、日進月歩で進化するITツールの「便利さ」に支えられているところが大きいということだ。彼らの組織や手口の本質はやはり、手っ取り早く現金をつかみ取りたいという「性急さ」にある。
インターネットやスマートフォンがなかった時代のことを考えてみて欲しい。当時は自分の正体を隠して他人を遠隔操作するなど、相当な犯罪のプロにとっても想像しにくいことだった。国際電話の料金はきわめて高額であり、海外の不動産情報を調べ、拠点とするためのオフィスを物色するというのも、インターネットの普及した現在と比べはるかに困難な作業だった。
つまり、自分たちの正体を隠す巧みさは、今という時代のIT環境が可能にしているものであって、特殊詐欺犯の能力から生まれているわけではないということだ。だから、ITツールを使い慣れているはずの特殊詐欺犯であっても、その犯罪計画が性急に過ぎれば、警察の捜査に捕捉されてしまうことが、一連の強盗事件では露呈している。
もっとも、すでに述べたとおり、特殊詐欺事件で黒幕の逮捕に至る例は少ないのが現状だ。多くの特殊詐欺犯が慎重に行動しているのも、また事実である。彼らの本質が「性急さ」にあるというのは、彼らが登場する以前の時代との比較においてのことだ。ここ20~30年の間の日本社会の変化の中で、結果的にこうした性急なタイプの犯罪が、アウトローのカネ儲けの中で主流を占めるようになったのである。
繰り返しになるが、1980年代のバブル期においては、最大のカネ儲けのタネは不動産であり株だった。これは一般人も同じだったが、特にアウトローは、株ならば例えば総会屋として企業から不当な利益供与を受け、不動産関連では強引な地上げなどで、莫大な儲けを手にした。
当時は今と比べ、反社会的勢力排除のルールは格段に緩かった。しかしだからと言って、「ヤクザ丸出し」のまま活動するわけにもいかなかった。組織との関係を隠した「企業舎弟」や「フロント企業」を前面に立て、合法的な経済活動を装ったのだ。上手くいけば何億、何十億円単位の儲けを狙えるだけに、そのためのコストや手間を惜しまなかった。ある意味で、その組織や手口は「デフレ型犯罪」よりも格段に「緻密」だったのである。
半グレの台頭
意外に思うかもしれないが、アウトローのカネ儲けは元来、けっこう「手間」のかかるものだったのだ。
端的なのが、ヤクザ組織である。ヤクザに限らずどんな組織でも、維持していくためにはコストがかかる。まして体面を重んじるヤクザならば、事務所の立地や外観、使用する車両にも気を使う。そして多くの組織は、本部が傘下団体から上納金を集める構図になっている。その上納金も、安くはない。
そこまでコストをかけて組織を維持するのは、経済活動の面から言うと、強力な「代紋」の威光がライバルとの競争で有利に働くからだ。
ヤクザにとって、経済活動を有利に行うということは、利権の奪い合いになった際に、ライバル組織を圧倒するということも含まれる。そのためには、ときに発生する抗争でも勝たなければならない。そこでは死人も出る。これは、ヤクザの抗争が利権を目的に行われていると言っているのではなく、抗争を通じて「強い組織」として知られることが結果的に、経済活動での優位につながるということだ。
バブル期のように、株や不動産とからんで億円単位の儲け話がゴロゴロしていた時代には、ヤクザとして狙えるリターンの大きさに比べると、組織を維持運営するコストの額は相対的に小さく思えたかもしれない。
しかしそのヤクザも、少なくとも人数のうえでは衰退傾向にある。最大の理由は暴力団対策法(暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律。暴対法)や暴力団排除条例(暴排条例)などで規制が強化され、「シノギ」と呼ばれる経済活動をする余地が極端に狭まってしまったことだ。
そして、代わって台頭しているのが「半グレ」である。
半グレの定義については様々な考え方がある。筆者の見解は後で改めて述べることにして、ここではとりあえず、「ヤクザ未満の不良グループ」ぐらいにとらえておいてもらいたい。
2000年代に入って以降、暴走族やギャング、チーマー出身の若者たちの間では、ヤクザ組織に入ることを敬遠する風潮がどんどん強まった。理由は簡単で、「メリット」が感じられないからだ。当局の規制でがんじがらめに縛られ、経済活動が著しく制約されているのに、抗争が起きれば上からの命令でいつ、「鉄砲玉」にされないとも限らない。それではあまりに理不尽だ、というわけである。
警察庁は2023年7月3日、特殊詐欺などを働く半グレについて、「匿名・流動型犯罪グループ」(匿流)という新概念を打ち出し、集中的に取り締まっていく方針を示した。
匿流の特徴について警察庁は、「SNSを通じるなどした緩やかな結び付きで離合集散を繰り返すなど、そのつながりが流動的であり、また、匿名性の高い通信手段等を活用しながら役割を細分化したり、特殊詐欺や強盗等の違法な資金獲得活動によって蓄えた資金を基に、更なる違法活動や風俗営業等の事業活動に進出したりするなど、その活動実態を匿名化・秘匿化する」ことだとしている。
暴対法をはじめとする規制強化もまた、アウトローが性急に現金をつかみ取りに行く犯罪トレンドの形成に影響を与えている。ヤクザから半グレ、匿流へ。デフレの20年はアウトローの組織形態が変異する20年でもあった。それが犯罪をどのように変えたかを、本書では追っていく。
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