「なぜ人は争わねばならないのか」――。
直木賞作家、今村翔吾待望の新作『海を破る者』が発売された。
鎌倉時代。元寇という国難に立ち向かった御家人、河野六郎通有(通称:六郎)は、その問いを読者に投げかける。
今回のインタビューでは、創作秘話はもちろん、「出版業界に変革を起こしたい」という今村翔吾さんの熱い想いを聞いた。(全3回の1回目/2回目に続く)
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ウクライナの少女を描いたのは2016年の頃
――本作では令那(れいな)というウクライナの少女が登場します。ウクライナとロシアの戦争以前から構想を温めてらっしゃったかと思いますが、令那をウクライナ出身にしたのは偶然だったのでしょうか?
偶然。めちゃくちゃ偶然でした(笑)。
短編(※)を構想した時はクリミア併合より前ですから、本当に偶然です。
※『海を破る者』は2016年の「第96回 オール讀物新人賞」最終選考に選ばれた作品。当時の応募規定は、四百字詰50枚以上100枚以内だった。
――全く戦争の気配がなかった時に、既に設定があったのですね。
ただ、令那の出身はウクライナとベラルーシを合わせたくらいの国と思ってもらったらいいんですけど、ここは地政学的に重要な地帯だし、あの地域では珍しいくらいの穀倉地帯でもある。だから、今思えば必然的に戦争の火種はあった。実際、キエフ公国はモンゴルに攻められて悲惨な目に遭ってるので、偶然ですけど、あの地域を狙う国が出て来るということは、歴史が物語ってますね。
――他に候補となっていた国はありましたか?
エジプト、ポーランドなども考えましたが、あの辺りで一番悲惨な仕打ちを受けたのがキエフ公国だったので、キエフ公国の何かにしたいなと思ってました。
――全くの偶然だったとはいえ、まるで未来を予知したかのようですね。では、ウクライナとロシアの戦争が始まった事には、ご自身でも驚かれましたか?
驚いた。驚いたし、逆に困りました。
――困った、と言いますと?
やっぱり現実的に戦争が起こってしまうと、どうしてもイメージがクリアになるじゃないですか。現在ウクライナで起こっている現状も、僕らは断片的ですけど観ることができて、僕が書いてる事とか想いって、「絵空事じゃないか? 綺麗事じゃないか?」という葛藤がありました。後半にかけて、非常に押し寄せてきましたね。
でも、すごく葛藤はあったんですが、最終的に戦争が起こってしまったからこそ、綺麗事と言われても本来目指すべき姿を描くべきだと思って、結末まで書きました。
――プロットは作られないそうですが、本作の結末は元々決まっていたんですか?
今回もプロット無しで書きましたが、最後に六郎が取る行動というのは、「こうなるだろう」と決めてました。決めてたからこそ、現実で起こってしまった戦争とのギャップみたいなものはあったかなぁ……。
「信じたい」という欲求があるからこそ「繋がれる」
――結末の着想は、史実として残っている「河野の後築地(うしろついじ)」からでしょうか?
河野家は最も危険な最前線に陣を張った軍団ということで、当時の人々から「なんて勇敢なんだ」と賞賛されました。
しかし本作で、今村さんは全く違う解釈をされています。「戦うため」ではなく「戦わないで済むように、敵軍と対話するため」最前線に陣を張ったわけですが、この発想はどうして生まれたのでしょうか?
厳密に言うと、なんで後築地をやったのかは不明。周囲が勝手に「アイツは戦いたいから行った」「それってすごい勇敢だよね」という説が残ってるけど、実際、六郎の真意は定かじゃないんです。
それはそれでリスクも高過ぎるし、別の意図があったんだとしたら、何だろうと考えた結果、僕はこれしかないなぁと。一番前に行くことは、一番に戦うこともできるけど、違うこともできるよね……と思ったのがきっかけです。
――その設定は書く前からありましたか?
ありました。その結末が構想であったからこそ、六郎という人間は「こうだ」と決まってました。
2016年の短編で書いた時は、今読み返しても、おかしいなって思うんです。六郎という人物が、戦うんじゃなくて対話しようという考え方に至るまでの原因とか時間がどうしても必要なはずだった。今回長編を書くにあたり、六郎がそういう人物になるよう逆算していった時、令那や繁の物語が立ち上がってきたって感じですかね。
――六郎が「争い」ではなく「戦わないこと」を夢見るようになったのは、令那や繁の影響がかなり強いと感じました。ただ、親族の影響もあるのではないでしょうか? 六郎の一族は、血で血を洗う骨肉の争いをしていますよね。
河野の一族って、かなりエグイくらいもめてますね。
でも僕は、順風満帆な家だからこそ人を信じられるんじゃなくて、信じられなくなった人こそ、「信じたい」という欲求があって、だからこそ「繋がれる」と思ってます。そういう経験をしてきた六郎だからこそ、(結末のような)行動が出来たんです。
司馬遼太郎、藤沢周平、池波正太郎から体得したもの
――今村さんが書かれる小説は、「史実とされている出来事の解釈の仕方」が秀逸で、いつも感銘を受けています。河野一族が肉親同士で争っていたことや、「後築地」もそうです。
独自の解釈だけど、それが史実とズレていない。むしろ「新しい意味」を持たせ、読者に納得感を与えてしまう。そのようなキレのある史実の解釈を、常に生み出せる秘訣は?
天才なんちゃうかな(笑)、いやいや(笑)。
プロットの話もそうだけど、読書量だと思います。これは、単純に。
歴史小説は大概読んできたから、色んな作家さんのやり方が僕の中に入ってる。だから「司馬さん風にいくとどうやろ。藤沢さん風なら……。池波先生ならどう書くだろう。けど、この三人の隙間を通して、こうか」とか、自分の体の中に完全に入ってて。
プロットも、なんとなく小説のリズムや構成が染み付いてて、「再現できるな」って自信はあります。だから天才というか、努力の方だと思いますね。
――少し話は脱線しますが、今村さんの小説は男性主人公が多いですよね。女性の主人公を書きたいと思ったことはありますか?
ある。……あるけど、まだ出てない。そこはやらなアカンと思ってます。どっちかと言うと僕は男の人を書く方が得意で、編集者さんや選考会とかでも言われる時があるけど、女性に対しての憧れみたいなのが強いのかもしれない。
そういう意味で言うと、そこの殻を破ったのも『海を破る者』で……。今まで僕の書いてきた女性とは違う、カッコイイとか、キュートなだけじゃないのは、令那が初めてじゃないかな。
――令那には「抱えている闇」もありますよね。いつか今村さんの書かれる悪女主人公も読んでみたいです。
日野富子はちょっと書いてみたい。アクが強いじゃないけど、資料が残ってて、当時の経済や銭を絡ませて描けるような、そういう人を書いてみたいって想いはありますね。
(取材・構成/沢木つま)
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