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マザー・テレサもスティーブ・ジョブズも実は「サイコパス」って本当…? 人口の1%しかいない“反社会的人格者”の知られざる正体

マザー・テレサもスティーブ・ジョブズも実は「サイコパス」って本当…? 人口の1%しかいない“反社会的人格者”の知られざる正体

小松 正

『なぜヒトは心を病むようになったのか?』より #1

出典 : #文春オンライン
ジャンル : #ノンフィクション

 人間は、身体だけでなく、「心」も長い年月をかけて進化を遂げてきた。しかし、「うつ」や「陰謀論」など、人間の心のネガティブな性質は、進化の過程で淘汰されることなく、今現在も私たちを苦しめている。人間の“心のダークサイド”はどのように私たちに影響を及ぼしているのだろうか?

 ここでは、生物学研究者の小松正氏が、進化心理学の観点から人間の“心のダークサイド”について綴った『なぜヒトは心を病むようになったのか?』(文春新書)より一部を抜粋。近年注目を集めるようになった「サイコパス」とは、どのような人を指す言葉なのだろうか?(全2回の1回目/2回目に続く)

◆◆◆

冷酷で良心・共感性・罪悪感が欠如しているのが特徴

 日頃は好人物のように見えても、いざというときに冷酷な本性が現れる。場合によっては法を犯すことも厭わない。その被害をこうむる立場からすれば、非常に恐ろしい存在でしょう。近年、こうした反社会的人格の持ち主はサイコパスと呼ばれ、注目を集めています。

 よく知られているサイコパスの特徴は冷酷であること、良心・共感性・罪悪感が欠如していることです。サイコパスは人口の1%程度存在していると言われており、サイコパスまたはそうした傾向のある人物と関わった経験を持つ人は少なくないと思われます。

※写真はイメージ ©yamasan/イメージマート

 私自身もかつて、サイコパス傾向の強い人物と関わったことがありました。私がアドバイザーを務めていた環境系市民団体のスタッフだったA氏は社交的で話も面白く、一見魅力的に見える人物でした。

 しかし、A氏をリーダーとしたチームでシンポジウムを企画したものの、開催中止となるトラブルがありました。A氏の自分勝手な言動によりチームが崩壊したためです。ほどなくして遠方に転居予定であったA氏は、実情を知る人たちと関係を断ち切り、経費などの金銭面の負担や関係各位への謝罪などの対応をすべて他のスタッフに押し付け、知らぬ存ぜぬを決め込むという開き直った行動に出ました。

 スタッフの中にはストレスで寝込む人もいました。当時は通信アプリが普及する以前だったこともあり、チーム崩壊の原因となったA氏の言動について、証拠となる記録は残っておらず、結局、A氏は一言の謝罪もしませんでした。むしろ、自分がもたらした事態について、「そんなに深刻に考えなくてもいいじゃないか」と、どこか茶化すような発言さえしていました。

 ここで注目すべき点は、第三者に提示できる証拠がない状況では、問題を起こした人物が何1つ償いをせずに逃亡したとしても、当人が罪悪感を持たずに開き直れば、その人物は何の不都合もなく普通の生活を続けていけるという現実です。

 通常、私たちは、自分が日頃関わる普通の人たちはみな罪悪感をもっており、簡単には悪事をできないだろうと考えています。サイコパスは、そうした常識を覆す存在です。

「犯罪者になる人」と「社会的成功をおさめる人」の違い

 サイコパスには、良心や共感性の欠如に加えて、恐怖心の欠如という特徴があります。サイコパスというと、冷酷な利己主義者で、自分の利益のためならば平気で他人を傷つけるというイメージがあります。こうした性質は共感性の欠如と関係しています。

 その一方で、恐怖心の欠如は、大胆さや行動力につながります。それが悪い方向に現れると犯罪者になります。処罰されることに対する恐怖心がないためです。逆に大きな社会的成功につながることもあります。失敗を恐れずに挑戦を繰り返すからです。

 世間一般のイメージそのままに犯罪者になる人と逆に社会的成功をおさめる人、同じサイコパスでもどこが違うのでしょう? 

 経営者、医師、弁護士などにサイコパスが少なからず含まれていると言われています。このような成功するサイコパスは自分の行動を適切にコントロールする調整能力が高いと考えられます。

©ponta/イメージマート

 他者と良好な関係を築くことが自分の利益になる状況においては、共感性や良心からではなく、損得勘定の結果として、表面上好意的に振る舞うことは合理的です。調整能力の高いサイコパスにはそれができます。

 サイコパスと思われる成功者の例として、マザー・テレサとスティーブ・ジョブズが挙げられます(※注:中野信子 2016年『サイコパス』文春新書)。ノーベル平和賞受賞者であるマザー・テレサは、聖人という一般的イメージとは裏腹に、身近にいる子どもや側近に対しては非常に冷淡で、愛着を示さない人だったそうです。

 Appleを創業したジョブズはその高いプレゼン能力で有名ですが、たとえ社員や家族が相手の場合でも、追い詰め方は容赦がなかったと言われています。

サイコパスは遺伝か?

 サイコパス傾向には遺伝子が影響していると言われています。しかし、サイコパス傾向を生み出す具体的な遺伝子が発見されているわけではありません。「何番目の染色体のこの場所にサイコパス遺伝子があります」と指し示すことはできません。それならば、どのような方法でサイコパス傾向に遺伝子が影響していると結論できるのでしょうか?

 行動遺伝学と呼ばれる分野で、行動を含むさまざまな性質について遺伝子と環境の影響の大きさを数値化する方法が開発されています。例えば、身長について遺伝子の影響があるかどうか考えてみましょう。親兄弟だと身長も似ている。親が背が高いと子どももやはり背が高い。遺伝子の影響があることは明らかだ。このように考える人が多いでしょう。

 しかし、ここに1つ問題があります。親や兄弟などの血縁者は確かに互いの遺伝子が似ていますが、同時に生まれ育った環境も似ていることが多いです。そのため、血縁者同士で身長が似ていても、それは遺伝子が似ているためなのか環境が似ているためなのか、そのままでは判別できません。

 このような場合は、遺伝子は似ているものの環境は似ていない個体同士を比較できると好都合です。代表的な例は、別々に育てられた一卵性双生児です。古くから里子制度が発達している欧米では、こうしたケースは少なからずあります。実際の調査から、別々に育てられた一卵性双生児でも身長はかなり似ていることが確認されており、身長には遺伝子が影響していると結論できます。

 このように、行動遺伝学の調査方法を用いると、染色体の中身まで調べなくてもよいわけです。染色体の中の遺伝子の場所が分からなくても、また、そもそも影響を与える遺伝子が何個あるのかが分からなくても、ある性質に遺伝子の影響があるか否かが判別できます。同様の調査はさまざまな性質について行われていて、サイコパス傾向についても遺伝子の影響があることが分かっています。

 また、生物では一般的に、ある性質の遺伝子が間接的に別の性質に影響を及ぼすことがあります。幼少期の恐怖心の程度が大人になったときのサイコパス傾向の強さと関連していることが確認されています。恐怖を感じにくいとサイコパス傾向が強いということです。

 恐怖心の感受性という性質に直接影響する遺伝子が存在していて、その遺伝子(いわば恐怖心遺伝子)の個人差が、結果として、サイコパス傾向の個人差にも反映されている可能性が考えられます。

 この恐怖心遺伝子のように、サイコパス傾向に影響を与える未知の遺伝子が他にもさまざま存在していて、それらの遺伝子の個人差がサイコパス傾向の個人差を生み出しているのかもしれません。

 直接であろうが間接であろうが、サイコパス傾向に影響する遺伝子に個人差があるのであれば、それらは自然選択の対象になり得ます。環境がサイコパス傾向をもつ個体にとって有利なものであるならば、サイコパス傾向を強める遺伝子の頻度は世代を経るにつれて増加し、逆の場合は減少することが予測されます。

「サイコパスはコミュ力が高い」「一見、善人に見える」現代社会に溶け込んだ“反社会的人格者”の被害から、自分を守るための方法とは〉へ続く

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